2019年度時実利彦記念賞受賞者 林 康紀 先生

受賞の言葉

林 康紀
京都大学大学院医学研究科

 この度は、時実利彦記念賞をいただくというまたとない栄誉を得て、身の引き締まる思いであります。思えば、30年近く前、医学部生の頃に「脳の話」という岩波新書(岩波書店、1962)を読み、脳の謎に思いを馳せておりましたが、その頃は、他ならぬその著者である時実先生の名を冠した賞を自分が取ることになるとは思いもよりませんでした。

 受賞対象となった「海馬長期増強現象の分子機構」は、私が大学院生の頃から興味を持ち続けてきた研究課題です。そのころは,長期増強現象(LTP)がシナプス前部で起こるのか(プレ説),それとも後部で起こるのか(ポスト説)で紛糾していました。SfN meetingのExcitatory Synapse Socialで司会が「LTPがプレだと思う人、ポストだと思う人」と会場に呼びかけると、手を挙げる人がそれぞれだいたい半々ずつだったように覚えています。これは、当時使われていた研究手法が、電気生理学と統計学的を組合せたもので、結果と解釈がまちまちだったのが大きな原因でした。“LTP is a long-term problem”と揶揄されたほどのプレ−ポストの果てしない議論に,何をしたら本当にLTPを解明することになるのか閉塞感が漂い始めていました。

 一方、並行してシナプスの種々の分子がクローニングされ出し、それまで電気的にしか捉えられていなかったグルタミン酸受容体の分子実態が明らかになり始めました。私はLTP研究にその知見をもち込みたいと考えていました。そのため、幾つかの技術が必須であると考えました。例えば、ウイルスベクターや遺伝子銃による神経細胞への遺伝子導入技術により、シナプス分子の特異的操作を可能としました。また、GFPやその変異体と二光子顕微鏡を用い、分子の挙動を可視化しました。さらにFörster共鳴エネルギー移動 (FRET)を用い、蛋白質間相互作用や活性変化を検出などの単一シナプスでの生化学的な変化を経時的に捉えることができるようになりました。

 これらの技術を用い、AMPA型グルタミン酸受容体がLTPに伴い、シナプスへ移行することを見出しました。さらに、それは単独で起きるのではなく、AMPA型受容体と一緒に多種類の分子がシナプスに特定の順番で流入し、それと同時に棘突起が拡大することを見出しました。さらにアクチンの重合状態をモニターするFRETセンサーを作成し、アクチン重合を可視化したところ、LTPの誘導にともなって、F-actin/G-actinの平衡がF-actinに片寄ることをみいだしました。F-actinは、様々なタンパク質に結合するので、いわゆるシナプスタグではないかと考えています。さらに、最近では一過性のカルシウムシグナルがどのように長期的な生化学的変化に結びつくかをみいだしました。これは、受賞講演で御報告できると思っております。

 AMPA型グルタミン酸受容体のシナプス移行は報告から20年経ち、嬉しいことに高校の教科書にも取り上げて下さる出版社もできました。これらの研究は、これまでの数多くの指導してくださった先生や、共同研究にあたって下さる方があってからこそできたもので、それぞれのお名前を上げることはできませんが、深くお礼申し上げます。PIとして活躍できる時間の半分以上をすでに過ごしてしまいましたが、今後さらなる展開を図ると同時に、後進の指導にも当りたいと考えております。

図の説明
LTP時のシナプス後部要素の再構成。再構成の時間的パタンによりタンパク質は少なくとも4つのグループ(G1-4; Vol:棘突起の体積)と同時に3つの時間枠が規定される。矢印はアクチントレッドミルを示す。

林 康紀(京都大学大学院医学研究科)

略歴
2016年 – 現在 京都大学大学院医学研究科 教授
2009年 – 2017年 独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター チームリーダー
2000年 – 2009年 マサチューセッツ工科大学 RIKEN-MIT Neuroscience Research Center アシスタントプロフェッサー
1996年 – 2000年 Cold Spring Harbor研究所 ポストドクトラルフェロー
1994年 – 1996年 東京大学 医学部 日本学術振興会特別研究員
1990年 – 1994年 京都大学 医学研究科
1984年 – 1990年 京都大学 医学部