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2025年度塚原仲晃記念賞受賞者 上川内 あづさ 先生 受賞の言葉

求愛コミュニケーションを担う聴覚神経機構

名古屋大学 大学院理学研究科
上川内 あづさ
 このたびは、塚原仲晃記念賞という栄誉ある賞を賜り、誠に光栄に存じます。本賞は、神経科学の基礎を切り拓き、独創的な研究を推進された塚原仲晃先生のお名前を冠した賞であり、その重みを深く受け止めております。
 今回の受賞対象となった、「求愛コミュニケーションを担う聴覚神経機構」の研究は、私一人の力で成し遂げられたものではありません。これまでご指導くださった先生方、国内外の共同研究者の皆様、そして日々研究をともに進めてきた研究室のメンバーとの活発な議論と協力によって育まれてきた成果です。加えて、本賞にご推薦くださった先生方にも、心より御礼申し上げます。長年の研究を丁寧に見ていただき、その価値を評価していただいたことは、研究者として大きな励みとなりました。この場を借りて、心より感謝申し上げます。
 私は幼少期から動物たちの「会話」に惹かれ、卒業研究の頃から現在に至るまで、この興味に導かれて研究を続けてきました。学生時代には、久保健雄教授(当時、東京大学大学院薬学系研究科・助教授)のご指導のもと、「ミツバチの社会性行動を制御する脳機構の研究」に取り組みました。博士号取得後は、神経機能の操作がしやすく、かつオスがメスに求愛歌を奏でるショウジョウバエに研究モデルとしての高い可能性を感じ、伊藤啓教授(当時、基礎生物学研究所・助教)とともに、求愛コミュニケーションを担う聴覚神経機構の研究を開始しました。
 その後は、ショウジョウバエを主たるモデルとして、音による求愛行動を支える聴覚神経機構の研究を進めてきました。ショウジョウバエで明らかになった神経回路や情報処理の仕組みは、ショウジョウバエに固有のものではなく、他の昆虫や動物の感覚系にも共通する情報処理の仕組みとしての特徴を含んでいると考えられます。このような視点から、私は一貫して、昆虫が交わす「音による求愛コミュニケーション」とその神経機構の解明に取り組んできました。
 ショウジョウバエをモデルとした研究では、求愛歌を聴き分ける聴覚神経回路の配線や個々の神経回路モジュールの機能を明らかにし、抑制性回路や経験依存的可塑性が音パターン選好性の形成に重要な役割を果たすことを示してきました。これらの成果から、昆虫の聴覚システムが哺乳類と共通する機能的原理を備えていることも見出され、昆虫研究を通じて神経科学の普遍性に迫ることができると考えています。
 近年は研究対象を蚊へと広げ、配偶行動を支える聴覚の神経・感覚機構の研究にも取り組んでいます。ショウジョウバエで確立した視点を踏まえ、異なる昆虫種を比較することで、聴覚システムの進化的多様性と共通性の理解が進み、昆虫聴覚研究をより広い視野から発展させることができると期待しています。
 昆虫を対象とした神経科学研究は、生態・行動・神経回路・神経生理・遺伝子を結びつけて統合的に理解できる点において、基礎神経科学の醍醐味を体現する分野であると考えています。本賞を励みとして、今後も「ショウジョウバエ」と「蚊」という2つのモデル昆虫を通じて、動物の「会話」を成立させる脳の仕組みの理解をさらに深めるとともに、この分野の魅力を次世代へと伝えていきたいと考えております。
 改めまして、塚原仲晃記念賞の選考に携わってくださった先生方、ならびに日本神経科学会の皆様に心より御礼申し上げます。
図1 過去の音経験によって「求愛歌」のリズム識別能力が向上する脳の仕組みを、ショウジョウバエを使って解明
Imoto K, Ishikawa Y, Aso Y, Funke J, Tanaka R, Kamikouchi A (2024). Neural-circuit basis of song preference learning in fruit flies. iScience 27(7), 110266.
図2 蚊の脳が音に反応する様子を世界で初めて可視化
Ohashi TS, Xu YYJ., Shigaki S, Nakamura Y, Lee T-T, Loh YM, Mishiro-Sato E, Eberl DF, Su MP, Kamikouchi A (2025). Diversity and complexity of auditory representation in the hearing systems of Aedes aegypti mosquitoes. Sci Adv 11(23).
図3 動物の複雑な行動を解析するAIツール『YORU』を発表
Yamanouchi HM, Takeuchi RF, Chiba N, Hashimoto K, Shimizu T, Osakada F, Tanaka R, Kamikouchi A (2026). YORU: animal behavior detection with object-based approach for real-time closed-loop feedback. Sci Adv 12(7).
 
上川内 あづさ
名古屋大学 大学院理学研究科
略歴
2002年 東京大学大学院薬学系研究科 博士課程修了、博士(薬学)取得
2002年–2005年 基礎生物学研究所/分子細胞生物学研究所 研究員(JST BIRD)
2005年–2008年 ドイツ・ケルン大学 研究員(Humboldt Research Fellow/JSPS海外特別研究員)
2008年–2011年 東京薬科大学 生命科学部 助教
2011年–現在 名古屋大学 大学院理学研究科 教授
2022年–現在 名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) 教授(兼任)
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