[一般の方へ ] 学会からのお知らせ

神経情報処理のロジックを解明する

スタンフォード大学バイオエンジニアリング専攻
井上昌俊

この度は日本神経科学学会奨励賞を賜り大変光栄に存じます。選考委員の先生方、ならびにこれまでご指導いただいた多くの先生方、共同研究者の先生方にはこの場をお借りして心より御礼申し上げます。

私は幼少の頃の昆虫の飼育を通して、生き物が外界からの情報を受け取った後、どのように情報を処理し、行動へ移すのかということに不思議に感じていました。中学生の頃になると、これを司る「脳」を研究することにより、この疑問を解明できると考え、「神経科学」に強い興味を抱くようになりました。東京大学理学部生物化学科に進学した私は深田吉孝研究室で体内時計における光入力による時差ボケ解消の分子機構に関する卒業研究を行いました。ここでは眞田佳門先生(現・東京大学)や倉林伸博先生(現・富山大学)から直接ご指導を頂き、神経科学への興味を確かなものにしました。時計の中枢は視交叉上核という脳深部にある小さな核が担っていることから、生きたままで電気生理を行うのは非常に困難でありました。そこで、特定の神経回路を遺伝学的に標識し、場所情報を保持したまま神経活動を計測するイメージング方法が望ましいのですが、2006年当時はその技術が不足していると感じました。

そこでまず神経活動を計測する方法を開発しようと思い、大学院生から分子イメージング手法を用いて神経科学研究を行っている医学系研究科の尾藤晴彦研究室の元で尾藤晴彦先生や藤井哉先生にご指導を頂き、受賞対象となる研究を開始しました。カルシウム(Ca2+)が神経発火に伴い細胞内に流入することを生かして、蛍光Ca2+センサーを用いて脳情報を解き明かす試みが近年急速に広まっています。しかしながら、従来のCa2+センサーは発火に伴う蛍光変化が遅いため発火パターンの読み取りが不十分であることと蛍光の色が限定的でありました。また、脳は複数の異なる神経細胞種の協調的な発火パターンにより正常機能を発揮すると考えられていますが、これを解明するための生体内で計測可能な『多色』Ca2+センサーの開発が望まれていました。そこで、生化学・遺伝子工学を駆使して、新規ドメイン(ckkap)を用いた高感度・高速赤色Ca2+センサーの『R-CaMP2』を開発しました。その後、R-CaMP2よりもさらに優れた特性を持つ青、緑、黄及び赤色の4色の『XCaMP』シリーズを開発しました。生きた哺乳類脳の神経発火活動・シナプス活動を計測するために狩野方伸研究室(東京大学)の竹内敦也博士(現 防衛省)及び喜多村和郎研究室(山梨大学)の真仁田聡先生(山梨大学)らと共同で、マウス生体内においてパルバルブミン陽性抑制性細胞といった高速スパイク活動の読み取り及び異なる細胞種の同時二重計測に成功しました。さらに、2016年よりアメリカに渡り、 Karl Deisseroth研究室(スタンフォード大学)の下、所属研究室で開発されたファイバーフォトメトリー法を改良して3色のXCaMPを用いて、行動中のマウスから3種の異なる細胞種の多重計測に成功し、異なる細胞種間の関係を明らかにしました。以上のように、XCaMPセンサーにより、従来の蛍光変化速度及び色域の限界を打破し、電気生理学的技術や従来のCa2+センサーでは計測困難であった脳神経ダイナミクスを明らかにする新規の方法論を提示しました。現在はセンサーの有用性を遺憾なく駆使し、従来計測困難であった興奮性神経と抑制性神経の同時多重計測により、2つの神経細胞種間の相互作用系を対象とし、神経情報処理の解明に取り組んでいます。

振り返って見ると、私はキャリアの様々な段階で熱意のある先生方との出会いに恵まれ、大きく成長することが出来ました。上記以外にも、研究遂行にあたり多大なるご助力を賜りました中井淳一研究室(現 東北大)、根本知己研究室(生理学研究所)、横山弘之研究室(東北大)、崎村健司研究室(新潟大)、今村健志研究室(愛媛大)の皆様に深く感謝申し上げます。そして、常に支えてくれる家族に、この場を借りて感謝の意を述べさせて頂きます。今後とも神経科学学会会員の皆様のご指導とご鞭撻を賜りますよう、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

受賞研究内容を議論する総説(Neuroscience Research掲載)
Inoue, M., 2020. Genetically Encoded Calcium Indicators to Probe Complex Brain Circuit Dynamics in vivo. Neurosci. Res. In press

略歴
2007年 東京大学理学部生物化学科卒業
2013年 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了
2013年 東京大学大学院医学系研究科 特任研究員
2015年 東京大学大学院医学系研究科 特任助教。
2016年 スタンフォード大学 博士研究員


著者近影
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