[一般の方へ ] 学会からのお知らせ

2025年度 日本神経科学学会奨励賞受賞者 石山 晋平 先生

Neurogelotology—笑いと楽しさの神経科学

Central Institute of Mental Health
石山 晋平
このたびは、名誉ある日本神経科学学会奨励賞を賜り、大変光栄に存じます。選考委員の先生方ならびに学会関係者の皆様に、心より御礼申し上げます。
くすぐったさは、誰にとっても身近な感覚です。私はこれまで世界各地で講演を行うたびに、「人生で一度もくすぐられたことがない人はいますか?」と尋ねてきましたが、手を挙げた方に一人も出会ったことはありません。それほど、くすぐりは普遍的な人間行動なのです。
実はくすぐったさには、極めて軽い刺激で生じる knismesis と、特定の部位を激しく刺激して笑いを引き起こす gargalesis という、二つの異なるタイプが存在します。専門家でさえもこれらを混同することがあり、明確な区別が必要とされています。
なかでも gargalesis は、多くの謎を孕んでいます。なぜくすぐられると面白くもないのに笑ってしまうのか、なぜくすぐったい部位とそうでない部位があるのか、なぜ子どもはくすぐり遊びを楽しむのに、大人になるとそれをしなくなるのか、そしてなぜ自分をくすぐれないのか。こうした問いは古代ギリシャの時代から数々の偉人たちによって議論されてきましたが、近現代の神経科学では長らく些末な現象として扱われてきました。
現代神経科学の主要な関心は、痛みや恐怖、病気などのネガティブな経験の仕組みや治療に向けられてきました。それ自体が極めて重要であることは言うまでもありませんが、一方で、「楽しさ」「笑い」「遊び」「幸福」といったポジティブな経験の神経メカニズムについては、解明が大きく遅れています。
私はこの問題に着目し、「Neurogelotology(ニューロジェロトロジー)=笑いと楽しさの神経科学」というコンセプトを掲げ、くすぐったさを足がかりに、笑いや遊び、楽しさといったポジティブな感情経験の神経メカニズムの解明に取り組んでいます。これは、人間の主観的な幸福にとどまらず、楽しさという現象が他の動物種にどのように存在し、進化してきたのかを問う、より広い科学の地平を拓く試みでもあります。
一見すると些細で遊びのようなテーマかもしれませんが、「楽しさ」や「喜び」といった感情こそが、私たちが日々求めているものであり、神経科学が本質的に向き合うべき対象のひとつであると私は考えています。
最後になりますが、これまでご指導くださった Valery Grinevich 先生、Michael Brecht 先生、Jens Eilers先生、Olaf Strauß先生、池谷裕二先生、そして数多くの共同研究者の皆様、さらには私の研究に少しでも関心を寄せてくださったすべての方々に、心より感謝申し上げます。
受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
(後日掲載予定)
略歴
2009年 レーゲンスブルク大学Experimental & Clinical Neuroscience修了
2014年 ライプツィヒ大学、博士号取得
2013-2019年 フンボルト大学ベルリン、ポスドク
2019-2024年 ヨハネス・グーテンベルク大学マインツ大学医療センター
Neurogelotologyグループリーダー
2024年- マンハイムこころの中央研究所、精神医学神経ペプチド研究部門、ポジティブ感情神経生物学研究グループリーダー
フンボルト大学ベルリンにて
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