2025年度 日本神経科学学会奨励賞受賞者 松田 隆志 先生
水分欲求および塩分欲求を司る脳神経機構の解明
岐阜大学 高等研究院 One Medicineトランスレーショナルリサーチセンター
松田 隆志
このたびは、日本神経科学学会より栄えある奨励賞を賜り、誠に光栄に存じます。選考委員の先生方ならびに学会事務局の皆様に、心より御礼申し上げます
生体が多様な環境下において生命活動を「いつも通り」に維持するため、脳は体内外の情報を常に感知・統合することによって、様々な生理機能を調節しています。特に、体液中の水と電解質のバランスを適切に保つこと、すなわち体液恒常性は、生命維持にとって極めて重要です。私たちが日常的に感じる喉の渇きや塩分欲求の背後には、体液状態に応じて摂取行動を制御する精緻な神経機構が存在しています。
私はこれまで、脳の中でも例外的に血液脳関門が欠損している脳弓下器官において、水分欲求を誘導する神経細胞集団(水ニューロン)および、塩分欲求を誘導する神経細胞集団(塩ニューロン)をそれぞれ同定するとともに、それらの神経活動が体液状態に応じて制御される仕組みを明らかにしました(Matsuda et al., Nature Neuroscience, 2017; Matsuda et al., Nature Communications, 2020)。また、後脳の外側結合腕傍核において、消化管からの水分摂取刺激に応答する神経細胞集団、舌(味覚)からの塩分摂取刺激に応答する神経細胞集団を同定するとともに、それぞれが水ニューロンと塩ニューロンの下流の脳領域においてGABAニューロンの活動制御を介して、一過性に水分・塩分欲求を抑制していることを明らかにしました(Matsuda et al., Cell Reports, 2024)。
これらの研究成果は、動物が体液状態に応じて水や塩の摂取を選択する仕組みを説明するとともに、摂取の意思決定の過程において、体液状態の変化を事前に予測して一過性に欲求を抑制するフィードフォワード制御と、実際の変化を感知して持続的に抑制するフィードバック制御がそれぞれ巧みに組み込まれていることを明らかにしました。これは、生命活動の根幹を支える生理機能の基本原理を解明しただけでなく、脳における基本的な情報統合メカニズムを理解するモデルケースになると考えています。
私が本研究に取り組むことになったきっかけは、修士課程2年の夏に参加した、基礎生物学研究所での5泊6日の体験入学でした。野田昌晴教授の研究室にお世話になり、最先端設備に囲まれて研究に没頭できる環境に大きな魅力を感じました。また、生命現象の根幹に深く関わる重要なシステムの解明に挑む野田教授の研究姿勢に惹かれて、私は研究の道に進む決意をしました。そこからの道のりは決して平坦ではありませんでしたが、野田教授をはじめ、ラボスタッフであった新谷隆史先生、檜山武史先生、作田拓先生、そして基礎生物学研究所で出会った多くの先生方からの温かいご指導とご助言に支えられ、半人前にも満たなかった私も、なんとか研究成果を形にすることができました。
現在は、自ら研究室を主宰する立場となり、一人前の研究者として自らの力で歩んでいく責任の重さを日々実感するとともに、これまで頂いたご指導やご支援の大きさを改めて深く感じております。このたびの受賞は、長年にわたりご指導くださった野田昌晴教授、諸先生方、共同研究者の皆様、日々の研究活動を陰ながら支えてくださった技術支援員や事務支援員の皆様のお力添えの賜物です。この場をお借りして、心より御礼申し上げます。そして最後に、いつもそばで私を支えてくれている家族に、心より感謝の意を表します。
今後も先生方の教えを忘れず、誠実に、そして情熱を持って研究に邁進して参りたいと思います。
受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
(後日掲載予定)
略歴
2010年 |
大阪薬科大学 薬学部薬科学科 卒業 |
2012年 |
大阪薬科大学大学院 薬学研究科修士課程 修了 |
2017年 |
総合研究大学院大学 基礎生物学専攻博士後期課程 修了 |
2017年 |
基礎生物学研究所 NIBBリサーチフェロー |
2019年 |
東京工業大学 科学技術創成研究院 特任助教 |
2024年 |
東京科学大学 総合研究院 特任准教授 (2025年3月退職) |
2024年 |
岐阜大学 高等研究院 特任准教授 |