2025年度 日本神経科学学会奨励賞受賞者 上村 紀仁 先生
プリオン仮説とStrain仮説に基づいたレヴィ小体病の病態解明と治療法開発
大阪公立大学大学院医学研究科 健康長寿医科学講座 神経疾患制御学
上村 紀仁
このたびは栄誉ある賞を賜り誠にありがとうございます。選考に携われた先生方には心から御礼申し上げます。
私は初期研修を行う中で、神経疾患で見られる多様な神経症候と病態に興味を持ち、脳神経内科医を志しました。倉敷中央病院での後期研修中に数多くの変性疾患の患者の診療を行い、当時対症療法しか存在しなかった神経変性疾患の分子病態の研究を行いたいと考え、パーキンソン病の分子生物学的研究を行っていた京都大学の髙橋良輔教授の門を叩きました。博士課程では、「Rare variantからcommon diseaseの病態機序を解明する」というストラテジーのもと、強い発症リスク因子として注目されていたGBA1遺伝子変異に着目し、小型魚類をモデルとしてパーキンソン病発症に繋がる病態機序の解明に取り組みました。当時は変異原で作製したライブラリーから変異体を作出するという手法を用いていましたが、地道に数千体のシーケンスを行うことで幸いGBA1変異体を見出すことができました。この変異体が行動異常、オートファジー/リソソーム系の障害、軸索内にαシヌクレインの蓄積を示すことを見出し、論文として発表することができました。
その後、革新脳プロジェクトで再度研究を行う機会を頂きましたが、当時注目されていた「αシヌクレインのプリオン様伝播」に着目し、αシヌクレイン線維を接種した伝播動物モデルの作製と病態解明に取り組みました。ほとんどのパーキンソン病患者は特定の遺伝子変異を持たない孤発性ですが、病態解明の糸口が乏しいことが難点です。この手法を用いることで、孤発性パーキンソン病の病態を直接解析することができると考えました。パーキンソン病の最初期病変が出現するとされる嗅球と消化管神経叢に人工的に作製したαシヌクレイン線維を接種し、病変の進展様式と症候発現の解明を行いました。またマーモセットを用いた研究では、嗅球からのαシヌクレイン病変の伝播で、レヴィ小体型認知症に類似した後頭葉の脳活動低下が見られることを見出しました。治療法開発としては、αシヌクレインの神経細胞間伝播が電気活動依存的であり、AMPA受容体拮抗薬がこれを抑制できる可能性を見出しました。
2018年からはペンシルベニア大学に留学する機会を頂き、神経変性疾患病因蛋白質の研究で高名なVirginia M.-Y. Lee教授とJohn Q. Trojanowski教授の下で、「αシヌクレイン線維の構造多型」に着目した研究を行いました。病的αシヌクレインは線維を形成していますが、その線維構造には多様性が存在し、異なる構造の線維が異なる病態を惹起すると考えられています。そこでレヴィ小体病の忠実な病態を解析するため、レヴィ小体病患者脳由来のαシヌクレイン線維に関する研究を行いました。まず凍結疾患脳から抽出したαシヌクレイン線維が、人工的に作製したαシヌクレイン線維とは異なる病態を培養細胞やマウス脳に惹起することを見出しました。さらに疾患特異的αシヌクレイン線維を広く利用可能とするため、この増幅法の開発にも取り組み、試験管内で元の構造と病的活性を保ったまま線維を増幅する手法の開発にも成功しました。この線維を接種したマウスは、原疾患に類似した病理像と脳内αシヌクレイン線維構造を示し、新規病態モデルとなることを報告しました。
昨年からは、大阪公立大学大学院医学研究科疾患制御学に参加させて頂いています。2027年に、大阪市住之江区に研究所、病院、介護老人保健施設からなる大阪健康長寿医科学研究センターが開設される予定で、本研究室は同センターで認知症のトランスレーショナルリサーチの実践を目指しています。これまでは主にモデル動物の作製と病態解明の研究を行ってきましたが、その経験を生かし、今後はトランスレーションを目指してセンターの発展に貢献できればと考えています。
最後になりましたが、これまでご指導を頂きました先生方、共同研究者の先生方に深く御礼申し上げます。また、京都大学、ペンシルベニア大学、大阪公立大学の研究室のメンバー、これまで研究活動を支えてくれた家族に心より感謝申し上げます。神経科学会の先生方には、今後ともご指導とご鞭撻を賜りますよう、宜しくお願い申し上げます。
受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
(後日掲載予定)
略歴
2005年 |
京都大学医学部医学科 卒業 |
2005年 |
静岡市立静岡病院 初期研修医 |
2007年 |
倉敷中央病院神経内科 後期研修医 |
2010年 |
京都大学大学院医学研究科 博士課程 |
2014年 |
京都大学医学部附属病院神経内科 医員 |
2015年 |
京都大学医学部附属病院神経内科 特定助教 |
2018年 |
Adjunct Assistant Professor, Center for neurodegenerative Disease Research, Perelman School of Medicine at the University of Pennsylvania |
2022年 |
京都大学医学部附属病院脳神経内科 特定講師 |
2023年 |
京都大学大学院医学研究科多系統萎縮症治療学講座 特定講師 |
2024年 |
大阪公立大学大学院医学研究科健康長寿医科学講座神経疾患制御学 講師 |