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2026年度 日本神経科学学会奨励賞受賞者 田中 良弥 先生

昆虫の種特異的行動パターンを生み出す神経機構

名古屋大学大学院理学研究科/名古屋大学高等研究院
田中 良弥
このたびは、日本神経科学学会奨励賞という栄誉ある賞を賜り、大変光栄に存じます。本賞の選考にご尽力くださいました選考委員の先生方ならびに日本神経科学学会関係者の皆様に、心より御礼申し上げます。
私は野外での観察を通して、昆虫たちが示す行動の多様性に魅了されてきました。例えば、一見すると同じように見えるほど姿形が似通った昆虫種間であっても、配偶行動や生活史が大きく異なることがあります。そうした場面を目にするたびに、昆虫が示す行動の多様性がどのような仕組みで生み出されるのか、不思議でなりませんでした。こうした関心から、私はショウジョウバエをモデルとして、求愛行動の種差を生み出す神経機構の解明に取り組んできました。
この関心をもとに、2013年に東北大学大学院生命科学研究科に進学し、山元大輔先生の研究室に参画しました。入学当初は、まずはモデル生物であるキイロショウジョウバエを用いて、行動が遺伝子や神経回路によってどのように制御されるのかを学びたいと考えていました。しかし、私の大学院入学とほぼ時を同じくして、CRISPR/Cas9を用いたゲノム編集技術に関する論文が発表され、従来は遺伝子操作が困難であった非モデル種においても、遺伝学的な操作を行える可能性が見えてきました。
こうした技術的転換期の中で、思いがけず、特徴的な求愛行動を示すヒメウスグロショウジョウバエを対象に、行動進化そのものを研究テーマとする機会を得ました。モデル生物であるキイロショウジョウバエの雄は、雌に向かって羽を震わせて求愛歌を奏でることでアプローチします。一方、同属のヒメウスグロショウジョウバエの雄は、雌の前方に回り込み、消化管内容物を吐き戻して雌に贈る「婚姻贈呈」と呼ばれる求愛行動を示します。この求愛行動の種差が、どのような遺伝子や神経回路の違いによって生み出されるのか。この問いが、私の研究の大きな出発点となりました。
キイロショウジョウバエでは、性決定遺伝子 fruitless の働きで形成される約2000個の細胞からなる神経回路が雄の求愛行動を制御することが知られていました。私自身が博士課程で取り組んだ研究から、ヒメウスグロショウジョウバエの脳内にも fruitless を発現する神経回路が存在し、婚姻贈呈を含む求愛行動を制御することが明らかになりました。その後の研究によって、ヒメウスグロショウジョウバエの脳内に存在する約16個のインスリン産生ニューロンが、婚姻贈呈を司る鍵となる神経細胞であることがわかりました。ヒメウスグロショウジョウバエではインスリン産生ニューロンに fruitless が発現している一方で、キイロショウジョウバエのインスリン産生ニューロンにはその発現が見られませんでした。さらに、キイロショウジョウバエのインスリン産生ニューロンに人為的にfruitless を発現させると、雄が雌に対して消化管内容物を吐き戻す行動を示しました。インスリン産生ニューロンは多くの昆虫で、摂食行動や発生に関わると考えられています。これらの結果は、fruitlessの発現パターンの変化により、求愛を司る既存の神経回路にインスリン産生ニューロンが組み込まれることで、婚姻贈呈の進化的な獲得が生じた可能性を示しています。
大学院生の頃より長きにわたりご指導くださった山元大輔先生、学位取得後から現在に至るまで多大なご指導とご支援をいただいている上川内あづさ先生をはじめ、多くの先生方、共同研究者、研究室の皆様にこれまで支えていただきました。ショウジョウバエ近縁種を用いた研究では地道な技術整備が不可欠でしたが、その過程でショウジョウバエ研究コミュニティの協力的な文化にも助けていただきました。この場をお借りして、改めて心より御礼申し上げます。
今回の受賞を励みに、今後も昆虫の丹念な行動観察と神経生物的な方法を組み合わせることで、行動の進化を生み出す機構についてさらに探求していく所存です。今後とも、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。
受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
(後日掲載予定)
略歴
2013年3月 信州大学 繊維学部応用生物学系 卒業
2015年3月 東北大学大学院 生命科学研究科博士前期課程 修了
2015年4月 日本学術振興会特別研究員DC1 採用
2018年3月 東北大学大学院 生命科学研究科博士後期課程 修了
2018年4月 日本学術振興会特別研究員PD 採用
2019年2月 名古屋大学大学院 理学研究科 助教
2025年4月 名古屋大学大学院 理学研究科 講師
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