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2025年度塚原仲晃記念賞受賞者 村山 正宜 先生 受賞の言葉

大脳新皮質における知覚情報処理機構の研究

理化学研究所 脳神経科学研究センター 触知覚生理学研究チーム
チームディレクター
村山 正宜
 このたびは、第40回塚原仲晃記念賞という大変名誉ある賞を賜り、心より光栄に存じます。塚原仲晃先生のお名前を冠した賞を頂くことの重みを思うと、大きな喜びとともに、身の引き締まる思いでもあります。本賞の選考・審査に携わってくださった先生方、ブレインサイエンス振興財団、日本神経科学学会、ならびにご推薦くださいました先生方に、深く御礼申し上げます。そして、これまでご指導を賜った方々、共に研究を切り拓いてくださった共同研究者の皆様、日々研究を支えてくれている研究室のメンバー、さらに研究活動を支えてくださっている事務の皆様に、心より感謝申し上げます。私の研究人生が四半世紀を迎えるこの節目に、本賞を賜りましたことを大変ありがたく感じております。
 私の研究人生を振り返りますと、その原点は学生時代にあるように思います。東京薬科大学の学部4年生のとき、東京科学大学(旧 東京医科歯科大学)に出向し、村越隆之先生の下で、脳スライスにおける扁桃体の膜電位イメージングシステムの立ち上げに従事しました。まだ研究の右も左もわからないスポーツ少年だった私が研究室に加わって間もない時期に、生理学の実験系を安定して運用できる水準まで整えていくことの困難さと楽しさの両方を学べたことは、将来、自ら実験系を立ち上げる際の大きな支えとなる、研究人生の出発点として非常に貴重な経験でした。
 その後、修士課程からは東京薬科大学に戻り、工藤佳久先生、宮川博義先生、井上雅司先生のご指導のもと、海馬スライスを用いて、歯状回顆粒細胞群が細胞レベルでどのように同期し、局所回路活動がどのように立ち上がるのかを光学的・電気生理学的に測定・解析する研究に取り組みました(Murayama et al., 2005)。当時、私が強く心を動かされたのは、切り出された脳スライスであるにもかかわらず、個々の神経細胞が自発的に活動し、そこに確かな躍動感が感じられたことでした。生きた脳の働きの一端が、限られた標本の中にも確かに息づいている。そのことに強く心を動かされ、細胞レベルの活動と、それらが集まって生まれるネットワークの動態を一つながりのものとして捉え、さらにそれが脳機能にどう寄与しているのかを追究したいと思うようになりました。この思いが、その後の私の研究の軸になっていきました。
 学生時代を振り返って強く感じるのは、恩師の先生方が、単に研究テーマを与えてご指導くださっただけでなく、多くの学びの機会を与えてくださったことの大きさです。卒業研究そのものとは直接関係しないにもかかわらず、私は樹状突起の生理学的な非線形特性にも興味をもち、時間を見つけては樹状突起パッチクランプの練習にも取り組み、先生方はこれを温かく見守ってくれました。また、得意分野にすることはできませんでしたが、計算論的神経科学のアプローチにも憧れ、その道の研究室の定期セミナーに通って、少しでもセンスを磨こうと努力していました。さらに、さまざまな研究会やワークショップ、生理学研究所のトレーニングコースにも参加させていただき、最先端の知識や技術に直接触れる機会を数多く頂きました。いま思えば、当時はずいぶん回り道をしていたようにも見えますが、そのような一見無駄に思える経験が、のちの研究の土台になっていたことを実感します。そうした学びの中で、とりわけ強い印象として残っている一つが、生理研・南部篤先生らのご指導の下で行ったサルの単一ユニット記録でした。生きた動物の脳内で、神経細胞が時々刻々と発火し、行動や感覚に応じてダイナミックに応答する様子には、スライス標本とはまた別種の圧倒的な躍動感がありました。その光景に触れて、私もいつか、生きた動物の中で活動する細胞を自分の手で記録できるようになりたいと強く思うようになりました。そうした思いから、当時まだ珍しかった in vivo パッチクランプを学ぶために Buzsáki 研究室へ行かせていただきました。この経験は、その後、研究員として in vivo 記録の方向へ進むことを決意する大きな契機となりました。
 同世代の方にはご共感いただけるかもしれませんが、当時は脳スライスを用いた細胞・シナプス生理学が神経科学の主流の一つでした。そうした時代の流れの中で、in vitro研究をさらに深めていく道も十分に魅力的でした。それでも私は、学生時代に得たこうした貴重な体験を踏まえ、博士研究ではより脳機能に直結する in vivo を題材とする研究へ進もうと決意しました。ぜひ若い研究者には、自分の専門を配属先だけで決めてしまわず、その殻に閉じこもることなく、面白いと思った知識や技術を積極的に学びに行ってほしいと思います。自ら足を運び、手を動かして異なる方法を学ぶことは、論文を読むだけでは得られない視野を与えてくれるはずです。
 学位取得後の2006年からは、スイス・ベルン大学で Matthew Larkum 先生の研究室に加わりました。当時、Larkum 研は研究室として初めて本格的に in vivo 実験へ踏み出そうとしており、その立ち上げを担う研究員を探していました。私は研究室で二人目のポスドクとして迎えていただき、in vivo 実験系の立ち上げを担当することになりました。研究室立ち上げ期ならではの熱気の中で、学生時代に培った実験系構築の経験を生かしつつ、新しい in vivo 実験系の立ち上げに携われたことは、大変幸運でした。こうして、学生時代に芽生えた「生きた動物の中で細胞活動を捉えたい」という思いをさらに発展させ、新皮質5層錐体細胞の樹状突起活動を生体内で可視化する研究に取り組みました。ここでは、自由行動下のラット脳から樹状突起活動を記録するため、バンドル光ファイバーに GRIN レンズと極小プリズムを取り付けたペリスコープ法の開発に携わりました(Murayama et al., 2007; Murayama et al., 2009a)。実は、合成 Ca2+ 指示薬を用いて世界で初めて in vivo 光ファイバー測定を試みたのは、私の恩師である工藤先生でした(Kudo et al., 1992)。私のスイス時代の仕事は、そうした先駆的研究に強く触発されたものでした。その後、私たちは世界初となる GECI を用いた光ファイバー測定法を報告し(Lütcke, Murayama et al., 2010)、これが現在広く用いられているファイバーフォトメトリーの源流の一つになったと考えております。こうして独自開発した手法を用いることで、新皮質樹状突起が単なる受動的な入力の受け皿ではなく、深部抑制性介在ニューロンによる制御を受けながら、感覚刺激や脳状態に応じてダイナミックに情報を表現していることを示しました(Murayama et al., 2009b; Murayama & Larkum, 2009)。時として、新しい問いに迫るには、新しい道具を自ら作ることが必要になります。逆に言えば、新技術を開発して初めて見えてくる神経現象もあります。そうした実感は、その後の研究を進めるうえで、私の中で一貫した指針になっていきました。
 2010年に理化学研究所で研究室を主宰してからは、こうした経験を土台として、樹状突起から局所回路、さらに長距離皮質回路へと研究領域を広げていきました。その際、大きな武器になったのが、生理研・河西春郎先生らから学んだ二光子イメージングでした。生体内で細胞活動を観るという学生時代からの憧れと、ベルンで培った in vivo 計測・技術開発の姿勢、さらに二光子計測の知識が、理研での研究の基盤になったのだと思います。
 私の研究の大きな柱となったのが、正確な触知覚を支える新皮質回路の解明です。真仁田聡さん、鈴木崇之さんらとの研究では、感覚情報が一次体性感覚野(S1)から高次運動野(M2)へ伝わるだけでなく、その後、M2からのトップダウン入力として再びS1へ戻り、その入力を5層錐体細胞の樹状突起が受け取る反響的な皮質回路を明らかにしました(Manita, Suzuki et al., 2015)。この発見は、知覚が高次皮質からの働きかけを含む動的な回路相互作用のなかで成立することを示すものでした。
 その後、私たちはこの回路が、単に正確な触知覚に関わるだけでなく、異なる脳機能にも広く関与していることを見いだしてきました。宮本大祐さんらとの研究では、同じ M2-S1 トップダウン回路が、覚醒時の知覚に関わるだけでなく、ノンレム睡眠中には知覚記憶の固定化にも重要であることを示しました(Miyamoto et al., 2016)。さらに、齋藤喜仁さんらとの研究では、情動体験によって活性化した扁桃体がこの皮質回路に働きかけることで、対提示された感覚情報の記憶を強化する仕組みも明らかになってきました(Saito et al., 2025)。加えて、現在進行中の未発表研究においても、この回路がさらに別の脳機能に関わる可能性が示されつつあり、私はその生理的意義の広がりに強い手応えを感じています。
 私自身、このように一つの回路が異なる脳機能に関わっていくことを、大変興味深く感じると同時に、ある意味では理にかなっているとも考えています。脳には、空間、エネルギー、時間といった物理的な制約条件があります。そのような制約の中で、異なる機能ごとにまったく別個の回路を無尽蔵に用意するよりも、一つの回路を文脈や状態に応じて使い分け、複数の脳機能に活用する方が、はるかに合理的で経済的です。理研で見いだした一つの回路が、異なる時間軸や内的状態のもとで多様な機能を担うことが明らかになってきたことは、大脳新皮質における知覚情報処理機構を理解するうえで、私にとって大きな意味を持つ成果でした。
 理研での研究を通じて、脳機能は脳領域間の適切な相互作用の上に成り立っているのではないか、という考えを強くするようになりました。こうした視点から、学生時代から抱いていた「細胞活動とネットワークを一体として理解したい」という思いを、より大きな空間スケールで実現し、脳機能発現の原理を包括的に理解したいと考えるようになりました。そのため、太田桂輔さんらを中心に、高速・高解像度・広視野を同時に実現する二光子顕微鏡 FASHIO-2PM の開発に取り組みました(Ota et al., 2021)。この装置により、多領域にまたがる大脳新皮質ネットワークの活動を、単一細胞分解能を保ったまま広範囲に記録することが可能となりました。学生時代に私が相手にしていたのは5〜10個ほどの細胞でしたので、それに比べると、現在この広視野顕微鏡で観察している細胞数は3桁規模の拡張になります。学生時代の自分が見たら、少し欲張りになったものだと苦笑するかもしれません。しかし、対象は大きく広がっても、問いそのものは変わっていません。この技術は、その原点の問いを、ようやく新皮質全体に近い視野から追究することを可能にしてくれました。
 この広視野顕微鏡を用い、計算論的アプローチを得意とする大泉匡史先生らとの研究では、覚醒時には統合的に働く新皮質の機能的ネットワークが、無意識状態では空間的に混在した複数のモジュールへと分離することも示されました(Kiyooka, Oomoto et al., 2026)。これは、知覚などの脳機能が成立するためには、個々のニューロンや局所回路の活動だけでなく、広域ネットワーク全体がどのように統合されているかが重要であることを示唆しています。
 振り返りますと、私がこれまで取り組んできた研究は、樹状突起の情報処理、トップダウン回路による知覚の修飾、睡眠中の記憶固定、情動による知覚記憶の強化、そして広域ネットワークの統合と分離へと展開してきました。一見すると多岐にわたるように見えるかもしれませんが、私の中ではそれらは一つの線でつながっています。すなわち、大脳新皮質が、外界からの感覚情報をどのように処理して異なる脳機能に利用しているのか、というシンプルな問いです。今回受賞対象となった「大脳新皮質における知覚情報処理機構の研究」とは、まさにその問いに対して、単一細胞レベル、局所回路レベル、広域ネットワークレベルを横断的につなぎながら迫ろうとしてきた歩みだったのだと思います。
 もちろん、ここまでの歩みは決して一人で成し遂げられたものではありません。冒頭で触れたとおり多くの恩師、共同研究者、研究室メンバーに支えられてきました。思いがけないデータを前に皆で立ち止まり、議論し、ときに回り道をしながらも前に進んでいく。そうした時間そのものが、私にとって最も大きな喜びです。加えて、学会や懇親の場、理研の食堂で偶然お目にかかった偉大な先生方との会話はもちろん、同期や先輩研究者からの助言、後輩研究者の新鮮な発想、さらには事務方の皆様の温かな支えからも、折に触れて多くの示唆と刺激、励ましを頂いてきました。実は、そうした方々の多くを、私は誠に勝手ながら、人生と研究のメンターとして慕っております。
 私はこれからも、複雑な現象にただ圧倒されるのではなく、その中からできるだけ本質的でシンプルな問いを見いだし、虚心坦懐にデータと向き合っていきたいと思います。そして、大胆な仮説を緻密な実験で検証する心を大切にしながら、革新的な計測技術開発と階層横断的アプローチに、いまだ悪戦苦闘の続く計算論的アプローチも融合させながら、大脳新皮質における知覚情報処理機構の理解をさらに深めてまいりたいと存じます。同時に、自分が多くの方々から学びの機会を与えていただいたように、若い研究者が積極的に外へ学びに行き、新しい技術や発想に出会い、研究を楽しみながら挑戦できる環境を支える側にもなりたいと願っています。このたびの受賞を大きな励みとし、塚原先生が切り拓かれた神経科学の伝統に恥じぬよう、今後も誠実に研究を続けてまいります。誠にありがとうございました。
 
村山 正宜
理化学研究所 脳神経科学研究センター 触知覚生理学研究チーム
チームディレクター
略歴
2001年 東京薬科大学 生命科学部分子生命科学科 卒業
2006年 東京薬科大学 大学院生命科学研究科博士後期課程 修了 生命科学博士
2006~2010年 ベルン大学 生理学部 博士研究員
2010~2018年 理化学研究所 脳科学総合研究センター チームリーダー
2015~現在 東京農工大学 工学部 連携教員(2022~現在 客員教授)
2017~現在 埼玉大学 大学院理工学研究科 連携教員(2023~現在 連携教授)
2018~現在 理化学研究所 脳神経科学研究センター チームディレクター
2018~現在 東京大学 大学院医学系研究科 連携教授
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