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2023年度 日本神経科学学会奨励賞受賞者 田渕 理史 先生

神経活動の時間構造機能を解明する

ケース・ウェスタン・リザーブ大学医学系研究科神経科学部
田渕 理史

この度は,日本神経科学学会奨励賞を頂き,大変光栄に存じます。これまでにご指導いただいた先生方,共同研究者の先生方,および選考委員の先生方に,心より御礼申し上げます。

私は幼少時から魚や昆虫を飼育するのが好きで,近所のため池に出かけて水生昆虫の生態を調査するようなことを小学校時代の夏休みの自由研究でやったりしておりました。そんな中,神崎亮平先生の本を手にする機会があり,「神経行動学」という言葉を知った記憶があります。当時は神経行動学という学問を正しく理解できていたとは到底思えませんが,「なるほど,生き物を理解するには神経を調べればいいのか」程度のことは思っていたような気がします。その後,英国マンチェスター大学生物科学部への留学など色々なことに興味をもって試行錯誤した結果,やはり神崎亮平先生の研究室で行われている研究に惹かれ,博士課程では神崎亮平教授に師事し,雄カイコガの高感度な性フェロモン検出を可能とする嗅覚神経活動の時間構造機能について研究しました。神崎研では櫻井健志先生(現 東京農大教授)のチームに所属し,雄カイコガの嗅覚神経回路に光遺伝学を導入することに成功しました。この組換えカイコガを用いて,雄カイコガの嗅覚神経回路には空気中の性フェロモンの時間分布に最適化された時間積分機構が実装されていることを明らかにしました(Tabuchi, Sakurai et al., PNAS 2013)。

博士取得後,ショウジョウバエの分子遺伝学,システムの内的状態遷移に興味をもっていたこと,そして,ショウジョウバエの睡眠という分野があることを知ったことなどの動機で,博士研究員では,ショウジョウバエの概日時計ニューロンによる睡眠制御機構を研究テーマにすることを志しました。アルツハイマー病モデルのショウジョウバエを用いた睡眠剥奪効果(Tabuchi, et al., Current Biology 2015),栄養特異的な飢餓状態を表現するショウジョウバエのドーパミン神経回路の同定 (Liu, Tabuchi et al., Science 2017)という研究成果を発表しつつ,最も興味を持って取り組んでいた概日時計ニューロンによる睡眠制御機構をテーマにした研究を5年間近く継続し,時計遺伝子依存的なスパイク発火の時間構造パターンを作り出している分子経路を明らかにしました(Tabuchi, et al., Cell 2018)。ショウジョウバエの概日時計ニューロンの昼間の自発発火は,動的不安定性を呈する時間構造を有するものであるのに対し,夜間の発火は時計の秒針のように正確で規則的であり,正確性は時計遺伝子に依存する活動電位の生成機構に関する分子機構であることを明らかにしました。また,昼間の不規則的で不安定な自発発火パターンを夜間に強制的に誘導すると,時計ニューロンのシナプス可塑性を引き起こすことができることも見出しました。また,興味深いことに,時計の秒針のような正確性を誇る概日ニューロン活動の夜間パターンは加齢依存的に非構造化されてしまうことを明らかにしており,加齢に伴う睡眠の質の低下の一因なのではないかと考え,さらなる研究を進めております。また,研究対象とした概日時計ニューロンは,睡眠恒常性に関与する楕円体と呼ばれる神経回路にも情報を送っていたことから,睡眠恒常性を形成する楕円体の神経基盤についても研究を実施し,楕円体ニューロンのスパイク発火の時間構造パターンと機能的シナプス接続性が睡眠剥奪依存的に柔軟に変化することを明らかにしました(Ho, Tabuchi et al., Current Biology 2022)。今後,このような楕円体ニューロンの可塑性の加齢による影響なども研究を進めていきたいと考えております。

私は2020年からケース・ウェスタン・リザーブ大学医学系研究科神経科学部でAssistant Professorとして研究室を主宰しております。博士研究員を募集中ですので,興味のある方は是非私までご連絡ください。

最後になりましたが,熱心に御指導いただきました神崎亮平先生,中谷 敬先生,櫻井健志先生,博士研究員時代に自由に研究させてくださったMark N. Wu先生,激励していただき何度も相談に乗っていただいた粂和彦先生,常に支えてくれる家族,そして親友に,心から感謝いたします。今後とも神経科学学会会員の皆様のご指導とご鞭撻を賜りますよう,何卒よろしくお願い申し上げます。

受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
Tabuchi, M., 2024. Dynamic Neuronal Instability Generates Synaptic Plasticity and Behavior: Insights from Drosophila Sleep. Neurosci. Res. 198, 1-7

略歴
2008年 筑波大学生物学類卒業
2010年 日本学術振興会 特別研究員DC1
2013年 東京大学工学系研究科博士課程修了
2013年 ジョンズホプキンス大学医学系研究科神経学部 博士研究員
2015年 日本学術振興会 海外特別研究員
2019年 ジョンズホプキンス大学医学系研究科神経学部Research Associate
2020年 ケース・ウェスタン・リザーブ大学医学系研究科神経科学部Assistant Professor
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