所属 聖マリアンナ医科大学
職名 講師 氏名 井端啓二
私たちの脳内では、約1000億個の神経細胞が互いに結合し、1000兆個ものシナプスを形成することで、記憶や学習に必須な神経回路を構築します。近年、神経細胞の結び目であるシナプスは、経験や学習によって生涯にわたって絶えず改変されることが分かってきましたが、その詳細な仕組みについては不明な点が多く残されています。
運動学習やその記憶を担う小脳には、顆粒細胞やプルキンエ細胞と呼ばれる神経細胞が存在し、多くの顆粒細胞が軸索(平行線維)を介してプルキンエ細胞に投射することでシナプス(平行線維シナプス)を形成しています(図A)。これまで私たちの研究室では、顆粒細胞内で産生されるCbln1と呼ばれるタンパク質が細胞外に分泌され、シナプス前部と後部にそれぞれ発現する受容体分子と三者複合体(Nrx-Cbln1-GluD2複合体)を構築することで平行線維シナプス形成を促すことを明らかにしました(Science, ’16, ’10)。しかし、このCbln1がどのような経路を介して顆粒細胞から分泌されるのかは不明のままでした。この疑問を解くために、私たちはまず顆粒細胞内におけるCbln1の局在様式を調べました。すると、Cbln1は平行線維内に存在する小胞に局在することが分かりました。平行線維内には神経伝達物質を含むシナプス小胞や、神経栄養因子などを含む有芯小胞が存在し、両者ともに神経活動依存的に分泌されることが知られています。そこで、Cbln1の分泌様式を調べたところ、予想通り、神経活動依存的に軸索から分泌されることが分かりました(図B)。興味深いことに、Cbln1が局在する小胞を詳しく調べると、その小胞内には、神経伝達物質や神経栄養因子は存在せず、タンパク質分解酵素であるカテプシンB(CatB)が局在し、神経活動に伴ってCbln1とCatBが小胞内から一緒に分泌される様子が観察されました(図B)。CatBは細胞内の不要なタンパク質を分解する場であるライソソームに局在する分子です。そこで最後に、ライソソームから細胞外への分泌過程を人為的に阻害すると、面白いことに、神経活動に応じたCbln1とCatBの分泌が抑えられるとともに、マウス小脳においてシナプスのもととなる部分の数が有意に減少しました。つまり、Cbln1はライソソームに局在し、神経細胞が活性化するとタンパク質分解酵素と共に細胞外に分泌され、何らかの細胞外基質を破壊し(スクラップ)、そして創造(ビルド)することでシナプス形成を促進していたのです(図C)。
この神経活動に応じたシナプスのスクラップ&ビルド現象は、生涯にわたって観察される神経回路再編を引き起こす重要な過程であると考えられ、将来、本成果が、記憶・学習の分子的理解だけでなく、シナプス不全を伴う様々な精神神経疾患に対する治療法開発につながるものと期待されます。
Activity-dependent secretion of synaptic organizer Cbln1 from lysosomes in granule cell axons.
Keiji Ibata, Maya Kono, Sakae Narumi, Junko Motohashi, Wataru Kakegawa, Kazuhisa Kohda, Michisuke Yuzaki. (2019) Neuron 102(6):1184-1198.
<図の説明>
(A) 小脳平行線維シナプスをつなぐ三者複合体構造
小脳顆粒細胞の平行線維から分泌されるCbln1が、平行線維上のニューレキシン(Nrx)およびプルキンエ細胞上のδ2型グルタミン酸受容体(GluD2)と結合することによって、平行線維シナプスを形成する。
(B) 神経活動によって平行線維からCbln1とCatBが分泌される
細胞外に分泌されると明るくなる蛍光タンパク質でラベルしたCbln1(緑、上段)とCatB(赤、下段)を発現する平行線維。神経活動を活性化すると右側矢印のように蛍光が明るくなった。
(C) 本研究の概要
(左から順に)
・シナプス形成を誘導するCbln1は、平行線維内のライソソームに存在する。
・神経活動によってライソソームが細胞膜と融合し、CatBなどのライソソーム酵素とともにCbln1が細胞外に放出される。
・放出されたCbln1は平行線維上のNrxに結合して拡散しGluD2を発現するプルキンエ細胞と接触した場所に集まり、Nrx-Cbln1-GluD2複合体が形成される。
・複合体が形成された領域でシナプスの形成が進み、成熟シナプスが出来上がる。
<研究者の声>
本研究は、慶應義塾大学の生理学柚﨑研究室に所属した時からスタートして、8年ほど掛けて仕上がった論文です。研究環境がとても恵まれていたので、任期や業績欄等のことは忘れ、良い研究を行うことだけを考えて実験を進めました。足りないデータはまだまだあったと思いますが、無事に受理され安堵しています。長い間ご指導くださった柚﨑先生やサポートいただいた方々に深く感謝いたします。
<略歴>
2001年、東京大学大学院医学研究科(御子柴研究室)にて博士号取得
2001年、米国、ブランダイス大学(Turrigiano研究室)ポスドク
2006年、理化学研究所脳科学総合研究センター 細胞機能探索技術開発チーム(宮脇研究室)研究員
2010年、慶應義塾大学医学部生理学(柚﨑研究室)特別研究助教、2012年より生理学助教
2017年、聖マリアンナ医科大学生理学(幸田研究室)助教、2019年より講師