[一般の方へ ] 神経科学トピックス

途切れた神経回路を再びつなぐ人工シナプスコネクターを開発
~シナプス異常による精神・神経疾患の治療に新しい道~

英国MRC分子生物学研究所 神経生物学部門
博士研究員 鈴木邦道

様々な精神・神経疾患は、神経細胞間のつなぎ目である「シナプス」の異常に起因すると考えられています。本研究ではシナプスを接続させる「人工シナプスコネクター」を開発し、小脳性運動失調、アルツハイマー病、脊髄損傷のモデルマウスへの投与によって、シナプスの再形成と病態の改善をもたらすことに成功しました。

 脳には約1000億の神経細胞が存在し、「シナプス」と呼ばれる繋ぎ目を介して神経回路網を作り、高次な機能を発揮しています。シナプスコネクターは、シナプス前部と後部を橋渡しすることで、シナプスの構造や機能を制御しています。近年、シナプスの異常は多くの精神・神経疾患の原因として考えられつつあります。シナプスの形成・維持を制御する治療法の開発は重要な課題でしたが、疾患により失われたシナプスを自在に再接続させるような有効な方法はこれまでありませんでした。
 小脳でシナプスコネクターとして機能するCbln1はシナプス前部に存在するNeurexin (Nrx)と後部に存在するデルタ型グルタミン酸受容体(GluD)とを橋渡しできる機能領域を持っています(図A)。私たちは、Cbln1が持つシナプスコネクターとしての機能を、結合相手をGluDに変わる分子に置き換えることで、より広範囲の興奮性シナプスの接続に展開できないかと考えてAMPA型グルタミン酸受容体(GluA)とその相互作用分子であるNeuronal pentraxin 1(NP1)に着目しました。構造情報に基づいて、Cbln1のNrx結合領域とNP1のGluA結合領域をつなぎ合わせた人工分子CPTXを設計し、シナプスコネクターとしての機能を検証しました(図A)。
 培養細胞使った実験では、CPTXは予想通りにNrxとGluAと結合する作用をもち、さらにNrxとGluAを橋渡しするかたちで、興奮性シナプスを形成する様子が観察されました。そこで、CPTXが動物生体内でも効果があるか検証しました。小脳、海馬、脊髄のそれぞれに障害をもつ、小脳失調、アルツハイマー病、脊髄損傷のモデルマウスにCPTXを投与したところ、いずれの疾患マウスにおいても減少していたシナプス数が数日で回復し、歩行時のバランス異常の回復(図B)、低下した空間認知記憶能力の回復(図C)、後ろ足の麻痺の回復を示しました(図D)。脊髄損傷の治療においては、損傷から時間が経過した場合の治療効果は大きな課題となっています。重要なことに、脊髄損傷から1週間経過した場合のCPTX投与は、損傷直後の投与と同様に非常に効果的であり、8週間にわたる効果の継続により運動機能は正常の80%程度まで回復しました。以上の結果から、人工シナプスコネクターCPTXは中枢神経系で失われた興奮性シナプスを再形成させ機能回復を導く、革新的ツールとなり得ることが分かりました。
 本研究は、従来の精神・神経疾患治療における薬剤治療と異なり、機能拡張した人工シナプスコネクター分子による「神経回路の再接続」という新しいアプローチの可能性を示しました。CPTXを治療に応用するためには、最適な投与量・投与方法や安全性など検討すべき課題は多数残されています。しかし、本研究が確立した概念をさらに発展させ、シナプスの再接続を狙った新たな人工分子や低分子を設計することによって、多様な神経回路機能の解明や治療方法の開発まで、極めて幅広い応用が期待されます。

Kunimichi Suzuki†, Jonathan Elegheert†, Inseon Song†, Hiroyuki Sasakura†, Oleg Senkov, Keiko Matsuda, Wataru Kakegawa, Amber J. Clayton, Veronica T. Chang, Maura Ferrer-Ferrer, Eriko Miura, Rahul Kaushik, Masashi Ikeno, Yuki Morioka, Yuka Takeuchi, Tatsuya Shimada, Shintaro Otsuka, Stoyan Stoyanov, Masahiko Watanabe, Kosei Takeuchi, Alexander Dityatev*, A. Radu Aricescu*, Michisuke Yuzaki* (†Equal contribution, *Co-corresponding authors)Science 28 Aug 2020: Vol. 369, Issue 6507, eabb4853 DOI: 10.1126/science.abb4853

<図の説明>
(A) 人工シナプスコネクターCPTXはCbn1のNrx結合領域とNP1のGluA結合領域を繋いだ設計であり、NrxとGluAを橋渡しすることで、ほぼ全ての興奮性シナプスを繋ぐことができると予想しました。
(B) 小脳性運動失調モデルGluD2欠損マウスの小脳にCPTXを投与したところ、歩幅や歩幅のばらつき、歩行速度など数値が回復しました。
(C) 家族性アルツハイマー病モデルマウス(5xFAD)の海馬にCPTXを投与したところ、低下していた空間認知機能が回復し、迷路学習では報酬までの最短経路を覚えられるようになりました。
(D) 脊髄損傷マウスの脊髄に投与したところ、麻痺によって金網の隙間から落ちてしまっていた後ろ足(矢印)が動かせるようになり、金網の上を歩けるようになりました。

<研究者の声>
 本研究は、日英独4研究室の協力・連携により達成されました。分子設計・作製をAricescu研究室、培養神経細胞や小脳での機能解析を柚﨑研究室、海馬での機能解析をDityatev研究室、脊髄での機能解析を武内研究室が中心となり、多様な実験が展開されました。一連の共同研究の中で、枠にとらわれない研究構想を実現していくための重要な経験となりました。研究総括の柚﨑通介先生には大変手厚くご指導いただきました。また、連携研究室のAricescu先生、Dityatev先生、武内恒成先生、共同筆頭著者のElegheert博士、Song博士、笹倉寛之博士、およびサポートいただいた多くの方々に深く感謝申し上げます。この成果をさらに発展させ、将来の基礎研究および医療応用へ精一杯貢献したいと思います。

<略歴>
2008年に東京大学薬学部を卒業、2013年に東京大学大学院薬学系研究科(岩坪威研究室)にて博士号取得、2013年より慶應義塾大学医学部(柚﨑研究室)にて博士研究員、2019年9月より英国MRC分子生物学研究所(Aricescu研究室)にて博士研究員

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