[一般の方へ ] 神経科学トピックス

視覚野は外界情報だけでなく、動物の内的な状態も表現する

同志社大学 脳科学研究科
博士課程大学院生
大迫 優真
動物が視覚刺激を受けて意思決定する場面において、外界からの視覚情報に加えて、過去の経験などによる内的な状態が、視覚皮質の神経細胞活動で同時に表現されることを見出しました。また内的状態の表現には、視覚刺激に応答しない非感覚性の神経細胞集団が関与していることを発見しました。この研究によって、これまで不明であった視覚野の非感覚性神経細胞の役割を、意思決定との関係で初めて明らかにしました。
私たちは日々の生活の中で絶え間ない感覚情報に晒されながら、その情報を基に意思決定を下し、適切な行動を選択しています。しかしながら私たちは自身の周りから入ってくるさまざまな感覚情報だけで、意思決定を行っているわけではありません。例えば、欲しい服が青、黒、赤色から選べるとき、以前に購入した青色の靴が友人からとても高評価だった経験があれば、あなたは青色の服を選ぶかもしれません。このように、私たちの意思決定は、以前の経験などによる内的な状態によって偏ってしまうのです。この内的状態とは、経験、モチベーション、注意力など多くの要因によって作られる心(脳)の中の状態を意味します。私たちがどのように意思決定を行っているのか理解するためには、この内的状態と意思決定の関係を理解することが非常に重要であることが言えます。今回の論文では、このような内的状態と、感覚情報に基づく意思決定の関係について、視覚皮質内の神経細胞集団の活動を詳細に解析することで研究しました。
私たちの研究グループは、内的状態と意思決定の関係を調べるために、ラットを用いた視覚検出課題を開発しました。この課題では、左右いずれかから視覚刺激(LEDライトの点灯)が提示された場合、その提示された方向のポートを選択しなければなりません。一方、視覚刺激が提示されなかった場合、ラットは中央のポートを選択しなければなりません(図A)。この課題で、視覚刺激の明るさを小さくすると、ラットは刺激に気づきにくくなります。そのため、刺激が提示されなかったと判断し、真ん中のポートを選択するようになります。このように、刺激が提示されたにも関わらず、刺激を見逃してしまう行動をMiss行動と呼びます。また、刺激が提示されたことを正しく報告する行動をHit行動と呼びます。このHit行動とMiss行動の違いは、刺激が提示されたと報告するか、刺激が提示されなかったと報告するかの意思決定の違いととらえることができます。次に、この意思決定の違いに相関した脳内の神経活動を調べるために、視覚皮質の入口である第一次視覚野と視覚皮質の出口の一つである後部頭頂皮質から多数の神経細胞の活動を同時記録しました。そして神経活動がどのような情報を表現しているのかそのパターンを分類し、視覚刺激やHit/Miss行動との相関性を解析しました。その結果、視覚刺激とHit/Miss行動に相関する神経活動が、第一次視覚野と後部頭頂皮質の多数の神経細胞集団によって表現されていることがわかりました(図B)。また、このHit/Miss行動に相関する活動は、視覚刺激が提示される以前から現れることが明らかになりました(図B、バイアス)。これは、視覚刺激が脳内に入ってくる以前から、未来の意思決定を予測する活動であり、行動のバイアスであるととらえることができます。この行動バイアスは、過去の行動やそのときのモチベーションなど、多くの内的な状態によって現れる活動であると予想されます。さらに、行動バイアスの表現には第一次視覚野、後部頭頂皮質どちらにおいても、視覚刺激に応答を示さない「非」応答神経細胞(非感覚性神経細胞)が貢献していることもわかりました。ではこれらの視覚情報を表現する応答神経細胞(感覚性神経細胞)と、行動バイアスを表現する非感覚性神経細胞が、どのようにして互いに関係し、意思決定に影響を与えているのでしょうか? 我々は、試行ごとのそれら二つの神経細胞が、協調的に活動することによって、行動バイアスの情報が視覚情報に影響を与えるのではないかと考えました。そこで、試行ごとの神経活動のばらつきが、異なる二つの神経細胞の間で相関するか解析しました。すると、ラットがMiss行動をするとき、第一次視覚野において、感覚性神経細胞と非感覚性神経細胞が協調して活動することを発見しました(図C)。これは、第一次視覚野において、感覚性神経細胞と非感覚性細胞が協調的に活動することで、内的状態を表現している細胞の活動が、視覚情報の表現に影響を及ぼし、意思決定の違いを生み出していることを示唆しています。
これらの実験結果は、視覚情報処理の初期段階にある視覚皮質において、行動バイアスを生み出す内的状態を表現する非感覚性の神経細胞集団と、視覚刺激に応答する神経細胞集団が存在していることを示しています。また第一次視覚野の中で、それらの神経細胞集団同士が協調して活動することによって、私たちの心の状態が視覚刺激の見え方に影響を与え、状況に応じて異なる意思決定を生み出していると示唆されます。
Contribution of non-sensory neurons in visual cortical areas to visually guided decisions in the rat
Yuma Osako, Tomoya Ohnuki, Yuta Tanisumi, Kazuki Shiotani, Hiroyuki Manabe, Yoshio Sakurai, Junya Hirokawa
June 21, 2021, Current Biology, 31, 1-13
本研究の原著論文は、Current Biology誌内の最新論文をミニレビュー・解説するDispatch記事で紹介されました。https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(21)00670-9#%20 
<図の説明>
  • 視覚検出課題。ラットはポートに鼻を入れる行動(ノーズポーク)をすることで視覚情報に基づく意思決定を報告する。この課題では、視覚刺激が提示されたとラットが判断した場合、提示された方向のポートを選択し、提示されなかったと判断した場合、中央のポートを選択することで報酬をもらうことができる。
  • 第一次視覚野における神経細胞集団の活動(例)。この活動は、行動バイアス、視覚刺激に応答する全神経細胞の個々の活動を、適切に足し合わせることによって表現されている。そのため、記録した全神経細胞の総和的な活動とみなすことができる。本研究では、第一次視覚野、後部頭頂皮質どちらにおいても、視覚刺激に対して応答する神経細胞を感覚性神経細胞、応答しない細胞を非感覚性神経細胞と定義している。
  • 第一次視覚野における二つの神経細胞の活動が示す試行ごとのばらつき(左)と、そのばらつきの相関係数(右、HitとMissで分けている)。神経活動は常に同じ発火頻度の活動を示すわけではなく、試行ごとにある程度のばらつきを示す。このばらつきが相関しなければしないほど、情報がノイズに埋もれないことが言われている。
<研究者の声>
この研究は、学部時代から廣川純也准教授、櫻井芳雄教授に指導していただきながら、実験課題の開発から神経活動記録・解析まですべて一から始めました。特に行動課題の開発には3年ほど試行錯誤し、最初の2年はあらゆる工夫を加えても暖簾に腕押し状態でした。このまま一番やりたかった神経活動記録ができないまま博士課程が終わるのではないかと思ったほどです。課題中のラットから神経活動を記録することに成功した後も、思うような結果は出ず、苦しい日々を耐え忍ぶ毎日でした。ある日、「僕には運がない」とうっかり弱音を吐露してしまったことがありました。先生から「研究において、運はとても重要な要素だけれど、運が落ちているところに向かうこと、そして粘り強く探すことが一番重要」と発破をかけていただきました。その言葉によって、心の底から胸のつかえがおり、今回の成果に結びつけることができました。私は今回の研究を通して、「粘り強く続ける」こと自体も研究の一つなのだと学ぶことができました。支えていただいた廣川純也准教授、櫻井芳雄教授、研究室の皆さん、研究科の皆さん、ご指導していただいたたくさんの先生方、心から感謝いたします。
<略歴>
2017年3月同志社大学生命医科学部卒業。2017年4月同志社大学大学院脳科学研究科入学、現在に至る。2019年度より日本学術振興会特別研究員DC1。
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