[一般の方へ ] 神経科学トピックス

頭蓋骨透明化技術「SeeThrough(シースルー)」の開発

新潟大学脳研究所
助教
劉歆儀 (Xinyi Liu)
頭蓋骨を除去せずに脳内を低侵襲に観察できる頭蓋骨透明化技術「シースルー」を開発しました。これにより、安全かつ簡便に、ミクロからマクロのスケールで脳内をリアルタイムで観察できるので、行動や病態における脳内情報処理の理解が進みます。
 行動や疾患に伴い、脳内では何が起きているのでしょうか。この根源的な問いに迫るため、世界中の研究者が生きている動物の脳を顕微鏡で観察しようと試みています。しかし、脳は不透明な頭蓋骨に囲まれており、観察は容易ではありません。多くの場合では頭蓋骨を取り除いて透明なガラスを埋め込む手術が必要ですが、頭蓋骨の除去は脳圧の変動や炎症反応を引き起こしやすく、生理的とは言えない状態での観察につながります。また、手術には高度な技術と熟練を要し、成功率と安全性に限界があります。もし頭蓋骨を安全かつ簡便に透明化できればこれらの問題は一挙に解決しますが、頭蓋骨を高度に透明化でき、かつ生きている動物に安全に適用できる組織透明化技術はこれまでありませんでした。
 本研究では、1,600種類を超える化合物を理論的・実験的にスクリーニングすることで、生きている動物に安全に適用できる頭蓋骨透明化技術「シースルー」の開発に成功しました。シースルー法は、従来法を大きく上回る透明化効率と生体適合性を両立した試薬を頭蓋骨に塗布するだけで適用できる極めてシンプルな手法であり、1時間以内にマウスの頭蓋骨を95%以上の透過率で透明化できます。本手法は、観察したいときだけ頭蓋骨を透明にし、観察後には元の状態に復元できる「可逆性」を特徴としています。実際、シースルー法は生きているマウスに簡便かつ安全に適用でき、脳内の細胞の形態・活動、さらには分子の動態をミクロンレベルの精度で観察できることを示しました。さらに、大脳を覆う頭蓋骨の大部分を透明化して約3,000個の神経細胞の活動をミリ秒単位で観察することで、脳内の神経ネットワークの動態を大規模かつ詳細に観察することに成功しました。
 本技術を用いることにより誰もが頭蓋骨を簡便に透明化でき、脳イメージング研究の普及と発展が加速することが期待されます。また本手法は、従来のオープンスカル法と対照的に、脳圧の変化や脳脊髄液の漏出、脳の炎症やダメージのリスクを大幅に抑えられるので、より生理的で「あるがままの」状態で脳を観察できるようになります。さらに、従来の方法と比べて、脳の広い範囲を観察しやすくなるので、脳内ネットワークの動態の理解が飛躍的に進むことが期待されます。
<掲載ジャーナル>
タイトル:SeeThrough: a rationally designed skull clearing technique for in vivo brain imaging
著者:Xinyi Liu, Motokazu Uchigashima, Ikumi Oomoto, Yoshihito Saito, Hitoshi Uchida, Shinya Oginezawa, Keiko Masuda, Daisuke Satoh, Manabu Abe, Kenji Sakimura, Yoshihiro Shimizu, Masanori Murayama, Kazuki Tainaka, Takayasu Mikuni
掲載誌:Nature Communications
日付:2025年8月26日
https://doi.org/10.1038/s41467-025-62836-1
<図の説明>
(A) シースルー法と従来のオープンスカル法の比較。(B) シースルー法では迅速かつ可逆的に頭蓋骨を透明化して脳内をライブイメージングできる。(C)マウス頭蓋骨は高度に透明化される。(D)頭蓋骨を広範囲に透明化して「ズームアウト・ズームイン」観察できる。(E)様々な脳領域の数千個の神経細胞の活動をモニターし(左)、神経間ネットワーク解析(右)をできる。
<研究者の声>
 私たちは、低侵襲にマウスの脳内を観察するために、頭蓋骨透明化技術の開発に取り組みました。大学院時代にマウス胎児の組織透明化を学んでいましたが、生体の頭蓋骨では固定標本とは異なる難しさに直面しました。生体の頭蓋骨を透明化するには、表面が極めて清潔かつ無傷である必要があります。数年にわたる試行錯誤の末、低侵襲かつ高精度な脳内イメージングを可能にする頭蓋骨透明化技術を開発できました。この技術が、多くの研究者の皆様に貢献することを願っています。
 本研究の遂行にあたり、温かくご指導くださった三國先生、田井中先生、そして共同研究で多大なご支援を賜った村山先生はじめ全ての先生方に、心より感謝申し上げます。
<略歴>
2017年3月 神戸大学大学院医学研究科博士課程修了(平島正則研究室)
2017年4月-2019年3月 神戸大学大学院医学研究科 ポスドク(平島正則研究室)
2019年4月-2019年8月 新潟大学大学院医歯学研究科 特任助教(平島正則研究室)
2019年9月-2021年3月 新潟大学脳研究所 ポスドク(三國貴康研究室)
2021年4月-2023年3月 日本学術振興会 外国人特別研究員(三國貴康研究室)
2023年4月-現在 新潟大学脳研究所 助教(田井中一貴研究室)
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