ドーパミン不足がアルツハイマー病の記憶障害を引き起こすことを発見
東北大学大学院医学系研究科認知生理学分野
助教
中川 達貴
日本の高齢化に伴いアルツハイマー病患者は増加していますが、記憶障害が起こる原因は特定されておらず、有効な治療法も確立されていません。本研究では、アルツハイマー病モデルマウスを用いて、記憶をつくる脳領域である「嗅内皮質」におけるドーパミンの不足が、記憶障害を引き起こすことを明らかにしました。
世界で数千万人が罹患する
アルツハイマー病は、根本的な治療法の確立が求められています。患者の脳では、
アミロイドβや
タウタンパクといった悪玉物質が蓄積し、神経細胞の働きが低下したり死んだりすることで記憶障害が起こると考えられています。そのため、これらを取り除く治療法が模索されてきましたが、発症後は記憶障害が十分に改善しないことが多く、治療は難しいのが現状です。これは、一度傷ついた神経細胞は回復しにくく、それ故に記憶も元に戻らないためと推測されます。そこで、新たな治療法として障害を受けた神経細胞を特定し、その機能を回復させることで記憶も改善できるのではないかと考えました。
これまでの研究から、アルツハイマー病初期には記憶を司る
海馬ではなく、その隣接領域である嗅内皮質が早期に障害を受けることが知られています。近年、
嗅内皮質は記憶形成に重要な役割を果たすことが示されており、私たちは、嗅内皮質の神経細胞が
ドーパミン入力を受けることで記憶形成に関与することを明らかにしました(Lee et al.,
Nature, 2021)。そこで私たちは、嗅内皮質へのドーパミン入力低下がアルツハイマー病の記憶障害を引き起こすのではないかと考え、本研究を行いました。
今回、アミロイドβが蓄積しやすいアルツハイマー病モデルマウスを用い、匂い記憶課題で記憶能力を調べました。健常マウスは容易に匂いを記憶できますが、アルツハイマー病マウスは記憶できません。まず、匂い刺激時の嗅内皮質におけるドーパミン量を測定したところ、健常マウスと比べてアルツハイマー病モデルマウスでは5分の1以下に減少していました。また、
電気生理学記録により嗅内皮質の神経細胞が匂いに正しく応答できない異常が認められました。
さらに、ドーパミンを用いて記憶障害を回復させることを試みました。
光遺伝学により嗅内皮質のドーパミンを増加させると、アルツハイマー病モデルマウスは再び匂いを記憶できるようになりました。また、
パーキンソン病治療薬である
レボドパの投与でも、神経活動が正常化し、記憶の改善が認められました。
これらの結果は、①嗅内皮質のドーパミン不足がアルツハイマー病の記憶障害の一因であること、②ドーパミン量を増加させることで記憶障害が改善する可能性を示しています。
本研究成果はマウスで得られた結果ですが、ヒトのアルツハイマー病患者の脳でもドーパミン機能低下の可能性が示唆されます。今後、嗅内皮質とドーパミンの関係を詳細に解明することで、新たな治療法開発につながることが期待されます。
<掲載ジャーナル>
タイトル:Early dopamine disruption in the entorhinal cortex of a knock-in model of Alzheimer’s disease
著者:Tatsuki Nakagawa, Jiayun L. Xie, Kiwon Park, Kai Cao, Marjan Savadkohighodjanaki, Yutian J. Zhang, Heechul Jun, Ayana Ichii, Jason Y. Lee, Shogo Soma, Yasmeen K. Medhat, Takaomi C. Saido and Kei M Igarashi
掲載誌:Nature Neuroscience
DOI:10.1038/s41593-026-02260-w
URL:
https://www.nature.com/articles/s41593-026-02260-w
<図の説明>
左:赤色の線は、記憶を司るドーパミン細胞の軸索を示しています。
脳幹の細胞体から嗅内皮質に軸索を伸ばし、ドーパミンを放出して記憶形成を制御しています。
中:アミロイドβが蓄積したアルツハイマー病マウスの脳では、ドーパミンの量(黄色の丸)が減り、嗅内皮質の神経活動が乱れることで、記憶が形成できなくなることが明らかになりました。
右:一方、ドーパミン治療薬であるレボドパを投与すると、ドーパミンの量(黄色の丸)が増え、嗅内皮質の神経活動が正常化し、マウスの記憶も改善することが明らかになりました。
<研究者の声>
システム神経科学の実験手法を用いた疾患研究に関心を持ち、2020年にカリフォルニア大学アーバイン校医学部の五十嵐研究室に参加しました。研究分野や技術を大きく変えたため、多くの困難があり、論文発表までに6年を要しました。根気強くご指導くださった五十嵐先生、そして研究をともに進め支えてくださったUCIのラボメンバーの皆様に、心より感謝しています。
今後は、これまでの知識と経験を活かし、東北大学五十嵐研究室で前頭側頭葉型認知症の研究へと発展させていきたいと考えています。
<経歴>
2020年3月 金沢大学大学院医薬保健学総合研究科医学専攻博士課程 修了
2020年8月 カリフォルニア大学アーバイン校 医学部 五十嵐研究室 博士研究員
2025年10月 現職 東北大学大学院医学系研究科 認知生理学分野 助教