脳をつくりかえるー脳深部刺激療法のメカニズム
ミネソタ大学
研究員
藤本(橋本)聡華
近年、難治性うつ病に対する新たな治療法として、脳深部刺激療法という脳神経外科治療が注目されています。本研究は、この治療法が脳の機能を調節するだけでなく、細胞レベルから脳の白質構造を再構築する可能性を明らかにしました。
脳深部刺激療法(deep brain stimulation: DBS)は、脳深部に電極を留置し、電気刺激によって神経回路の活動を調節する脳神経外科的治療法です。「脳のペースメーカー」と呼ばれることもあり、パーキンソン病や本態性振戦などに対して広く用いられています。近年では、薬物療法、認知行動療法、電気けいれん療法でも十分な改善が得られない難治性うつ病に対する治療としても研究が進められています。DBSは長期間にわたって症状を改善し、その効果が時間とともに強まることも報告されています。しかし、DBSが持続的な治療効果をもたらす生物学的メカニズムは、これまで十分には解明されていませんでした。
本研究では、成体マカクサルを用いて、DBSが脳の構造と機能に及ぼす影響を検討しました。刺激部位は、ヒトのうつ病治療において有効な標的とされる脳領域に相当する、前頭葉深部の膝下部前帯状皮質(SCC)に隣接する白質経路を選択しました。白質は、神経細胞からのびる
軸索が集まった領域であり、脳内の情報伝達を担う重要な「配線」と考えることができます。
その結果、DBSにより、気分調節に関与するとされる主要な白質路である帯状束に変化が生じることが明らかになりました。
磁気共鳴画像法(MRI)では白質の構造的なまとまりを反映する指標 (fractional anisotropy) が増加し、組織学的解析では、神経軸索を包み信号伝達を助けるミエリンと、それを形成するオリゴデンドロサイトの増加が認められました。さらに、脳全体の機能的ネットワーク、とくにうつ病で重要なデフォルトモードネットワークに顕著な変化が観察されました。帯状束はデフォルトモードネットワークを形成する白質経路としても知られており、DBSが、うつ病に関連する脳ネットワークを機能と構造両面から変化させている可能性を示唆しています。
従来、DBSは主に神経回路活動を調節する治療法として理解されてきました。今回の研究は、それに加えて、DBSが成体脳のうつ病関連ネットワークにおいて、ミエリン厚の増加を伴う白質構造の再構築を誘導し得ることを示しました。この知見は、DBSの効果がなぜ時間をかけて持続し、増強するのかを理解するうえで、重要な手がかりとなります。また、白質の可塑性を標的とした新たな治療戦略の開発や、神経回路の異常がみられるその他の精神神経疾患への応用にもつながることが期待されます。
<掲載ジャーナル>
Deep brain stimulation induces white matter remodeling and functional changes to brain-wide networks.
Satoka H. Fujimoto, Atsushi Fujimoto, Catherine Elorette, Adela Seltzer, Emma Andraka, Keondre Herbert, Gaurav Verma, William G. M. Janssen, Lazar Fleysher, Davide Folloni, Ki Sueng Choi, Brian E. Russ, Helen S. Mayberg & Peter H. Rudebeck Nat
Neurosci 29, 1722–1734 (2026).
DOI:10.1038/s41593-026-02301-4
https://doi.org/10.1038/s41593-026-02301-4
<図の説明>
(左)DBS電極を留置したサルの模式図。うつ病に対するDBSの治療標的である、膝下部前帯状皮質(SCC)下の白質に片側性に電極を挿入し、電気刺激を行った。SCC下白質には、うつ病との関連が指摘される白質経路である帯状束が含まれる。
(右、緑枠内)帯状束中部におけるミエリンの比較。ミエリンは神経軸索を包み、信号伝達を助ける構造である。上段は電気刺激を受けていないコントロール側、下段はDBS電極を留置し、刺激を行った刺激側を示す。模式図および電子顕微鏡画像から、DBS刺激側でミエリン鞘の厚みが増加していることが示される。
<研究者の声>
脳外科医として臨床に携わる中で、難治性うつ病で苦しむ患者さんを診てまいりました。精神疾患に対する脳神経外科治療には、過去の精神外科の歴史を踏まえた慎重な議論が求められますが、 欧米で研究開発が進むうつ病に対するDBSは、重度のうつ病に苦しむ患者さんの新たな希望となりうるのではないか、そんな思いで本研究にとりくみました。本成果が治療法の発展につながり、患者さんのもとに届くことを願っています。 本研究を支えてくださったRudebeck先生、Mayberg先生、Russ先生、共同研究者の皆様、マウントサイナイ医科大学の方々の厚いご支援に心より御礼申し上げます。
<経歴>
2011年 東京科学大学(旧・東京医科歯科大学)医学部医学科 卒業
2019年 東京科学大学(旧・東京医科歯科大学)大学院医歯学総合研究科 博士課程修了
2019年 東京科学大学(旧・東京医科歯科大学)脳神経外科 助教
2020年 マウントサイナイ医科大学 Rudebeck研究室 博士研究員
2025年 ミネソタ大学 藤本研究室 研究員