反復神経過活動が引き起こす「核リプログラミング」を発見
藤田医科大学 医科学研究センター システム医科学研究部門
助教
村野 友幸(むらの ともゆき)
繰り返される神経の過剰な興奮が、本来は細胞分裂を行わない成熟した神経細胞において、細胞周期に関わる仕組みの一部を再活性化させ、細胞核の構造を大規模に再構成することで細胞の状態を長期的に変化させる「核リプログラミング」現象を発見しました。電気けいれん療法などの脳刺激療法が長期的な治療効果をもたらす細胞レベルのメカニズムの解明に寄与することが期待されます。
電気けいれん療法(ECT)は1938年にCerlettiとBiniによって導入されて以来、約90年にわたってうつ病などの治療に用いられてきました。高い効果を示す一方で、その細胞レベルの作用機序はほとんど解明されていませんでした。特に、一時的な神経刺激がなぜ数ヶ月以上にわたる長期的な効果を維持できるのかは大きな謎の一つでした。
本研究では、
光遺伝学的手法を用いて
ECTを模した過活動を神経細胞に誘導する刺激法「Repetitive Optogenetic Stimulation (REPOPS)」を考案しました。この手法を用いてマウスの脳に繰り返し刺激を与えると、成熟した神経細胞の遺伝子発現パターンが幼若期に似た状態へ移行する「脱成熟」現象が生じました。この変化は、3日間の刺激では一過性でしたが、10日間の繰り返し刺激を行うと1ヶ月以上にわたって維持されました。この持続効果の刺激回数依存性は、
ECTを複数回繰り返すことで効果が定着するという臨床的知見ともよく一致します。
さらに詳細な解析を進めると、本来は分裂しないはずの神経細胞で、REPOPS後に
細胞周期がまわり出すような変化が起きていました。具体的には細胞周期G2/M期に特徴的な遺伝子の再活性化に加え、
ヒストンのリン酸化、核ラミナの破綻、クロマチンの凝集といった有糸分裂期に特徴的な核構造の変化が生じていました。私たちはこれら一連の変化を「核リプログラミング」と名付けました。さらに、遺伝子編集技術を用いてG2/M期移行の中心的な制御因子であるサイクリンBを欠損させたところ、REPOPS後のこれらの変化が有意に減弱しました。この結果は、G2/M期関連分子機構の再活性化が、反復神経過活動による細胞状態の転換の鍵であることを示しています。
本研究成果は、神経刺激が核レベルでの再構成を通じて神経細胞のアイデンティティを書き換えうることを示しました。この「脱成熟」や「核リプログラミング」は、条件によっては治療的に働く可能性がある一方、
てんかんや
アルツハイマー病などの病態脳においても認められることがわかっており、「治療と病態の境界線」に位置する現象であると考えられます。今後、この変化が有益に働く条件を解明することで、精神疾患の病態理解が進むとともに、副作用の少ない最適化刺激療法や新規薬物療法の開発が加速することが期待されます。
<掲載ジャーナル>
タイトル:Repetitive neuronal activation regulates cellular maturation state via nuclear reprogramming
著者:Tomoyuki Murano, Hideo Hagihara, Katsunori Tajinda, Keizo Takao, Yoshihiro Takamiya, Kaoru Katoh, Alfred J. Robison, Mitsuyuki Matsumoto, Masakazu Namihira & Tsuyoshi Miyakawa
掲載誌:Nature Communications
日付:2026年7月17日
DOI:10.1038/s41467-026-74202-w
URL:
https://www.nature.com/articles/s41467-026-74202-w
<図の説明>
核リプログラミング:反復神経過活動による核・ゲノム構造の大規模再編
(A)
光遺伝学的手法を用いて、マウス海馬歯状回の神経細胞にチャネルロドプシンを発現させ、刺激時間・回数・タイミングを制御しながら神経過活動を繰り返し誘導した。これにより、電気けいれん療法(
ECT)を模した神経過活動をマウスで再現した。
(B)反復神経過活動は、成熟した神経細胞の核・クロマチン構造に長期的な変化を引き起こした。クロマチンの開閉状態が変化したほか、通常は分裂しない神経細胞において、核ラミナの部分的崩壊など、細胞周期様の核構造変化が認められた。
(C)反復神経過活動は、細胞周期関連機構を介して、G2/M期様の核構造変化、ゲノム三次元構造変化、未成熟様遺伝子発現を誘導することが示唆された。本研究では、このような成熟神経細胞の核構造と遺伝子発現状態の変化を「核リプログラミング」として提案した。
<研究者の声>
私たちの研究グループでは20年以上にわたり、脳の「脱成熟」現象を研究してきましたが、その多くは疾患モデルマウスで見られる「病態」としての側面でした。今回の研究では、治療的刺激によってもこの現象が誘導されること、そしてその背景に「分裂しないはずの神経細胞が細胞周期の仕組みを借りて核構造を転換する」というメカニズムがあることを発見しました。本研究にご協力いただいた共同研究者の皆様には心より感謝申し上げます。本成果が、精神疾患の病態理解と新しい治療戦略の発展につながることを願っています。
<経歴>
村野 友幸, MD, PhD
2019年 総合研究大学院大学 生命科学研究科 生理科学専攻 修了・博士号取得
現在 藤田医科大学 医科学研究センター システム医科学研究部門・助教。