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“1時間後の脳”に現れる人間のストレス適応メカニズム

(研究時) 高知工科大学脳コミュニケーション研究センター
(現在) 静岡理工科大学情報学部
(研究時) 助教
(現在) 准教授
渡邊言也
 危機のあとに適応し心を立て直す能力・過程である「心理的レジリエンス(心の適応回復力)」の脳活動を調べたところ、急性ストレスから約1時間遅れて現れる“レジリエンスの時間窓”が発見されました。レジリエンスの高い人ほど、この時間帯に脳のアラートモード(サリエンスネットワーク)が落ち着き、安静モード(デフォルトモードネットワーク)へ切り替わっていました。こうした変化は、メンタルヘルス支援の効果的介入タイミングを示す重要な手がかりになります。
 人間だからこそのストレスの向き合い方
 これまで実験動物を用いたレジリエンス研究は、強いストレス下でも「うつ様行動を示さないか」という明確な行動指標を元に、その脳内メカニズムが研究されてきました。これは動物実験としては理に適っていますが、人間のレジリエンスは、ストレスへの鈍感さではなく、「困難を乗り越えた経験」「自己効力感」「挑戦への前向きな姿勢」といった高度な心理プロセスが複雑に絡み合っています。本研究グループは、こうした「人間特有のストレス適応メカニズム」の神経基盤を明らかにするためにfMRI(機能的磁気共鳴画像法) とEEG (脳波) に加え、心拍・呼吸・瞳孔反応・さらにはストレスホルモン(唾液中コルチゾール)を同時測定し、脳と身体のストレス応答ダイナミクスを網羅的に記録しました。
 脳内のレジリエンスの時間窓を多角的に捉える
 実験では、約100名の参加者に、冷刺激による急性ストレスを与えたあと、約1.5時間に渡って脳と身体の反応を追跡しました。レジリエンスの評価には、国際的なレジリエンス尺度であるCD-RISCを利用し、個々人が持つ「心のしなやかさ」を数値化し、様々な生理指標と比較しました。解析の結果、レジリエンスに関わる脳の活動は、ストレス直後ではなく、ストレス負荷から約1時間後に最も明確な特徴として現れることが判明しました。この時間帯に、レジリエンスが高い人では、脳のアラートシステムである、島皮質や前帯状皮質背側部を中心とした「サリエンスネットワーク」の活動が落ち着き、代わりに、ぼんやりしている時や安静時に活性化するシステムである、背側帯状皮質や楔前部を中心とした「デフォルトモードネットワーク」の活動が高まっていました。また、ストレスや覚醒状態に関連した「ハイベータ帯域 (26.5Hz)」の脳波が大きく低下していました (図の赤色の反応)。一方で、レジリエンスが低い人では、このサリエンスネットワークの活動が維持され、デフォルトモードネットワークの活動は弱く、ハイベータ帯域の脳波の上昇が維持されていました (図の青色の反応)。レジリエンスの高低に関係なく、どの参加者もストレスから1時間後には瞳孔や心拍、コルチゾールといった身体反応は元の状態に戻っていましたが、脳はむしろそのあとに心の立て直しのための作業を本格化しているようです。
 心の立ち直りを後押しする
 この1時間後の窓を特定したことで、時間に効果的な心のケアポイントに重要な可能性が考えられます。例えば、短時間の心理的サポートや非侵襲的な脳刺激を、この自然なタイミングに合わせることで、脳のストレス適応過程を後押しできる可能性があります。さらに、こうした神経指標はPTSDうつ病のバイオマーカーとしても役立つ可能性があります。従来のお医者さんやカウンセラーの予測に依存していた患者さんの適応ポテンシャルについて客観的指標を提供することで、患者のレジリエンスを把握し、脳が変化を受け入れやすいタイミングで支援を届けることが可能となります。
<掲載ジャーナル>
Neural signatures of human psychological resilience driven by acute stress
Watanabe N, Yoshida S, Keerativittayayut R, Takeda M,
Proceedings of the National Academy of Sciences, 123(13)
March 25, 2026
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2524075123
<図の説明>
レジリエンスに関わる脳活動の違い。急性ストレスから1時間後、レジリエンスの高い人(赤)はハイベータ帯域 (26.5Hz)の脳波成分が弱まり、デフォルトモードネットワークが強まっていた。一方、レジリエンスの低い人(青)は1時間以降もサリエンスネットワークの活性化が維持され、ハイベータ成分も維持されていた。
<研究者の声>
従来研究では、急性ストレスの生理反応は直後から30分程度が注目されてきましたが、「脳や身体は、本当は回復するためにその後も頑張り続けているだろう。きっとその適応時間にこそ個人差が現れるに違いない」という直感から、長時間の脳活動同時計測に挑みました。予測はしていたものの、実際にストレス後1時間以降でレジリエンスに対応した脳活動が検出された際にはとても感動しました。一方で、従来注目されていたストレス負荷30分前後では、レジリエンスの高い人と低い人で脳活動の差はほとんどありませんでした。本研究は、指導者の竹田真己教授をはじめ、大量の実験や分析法のブラッシュアップ、論文執筆に力を尽くしてくださった共著者の方々、そして貴重なコメントを下さった多くの先生方のおかげで完成に至りました。この場をお借りして深く感謝申し上げます。
<経歴>
渡邊言也(わたなべ のりや)博士(工学)。情報通信研究機構 (NICT) 研究員、米国ラトガース大学への留学を経て、高知工科大学 脳コミュニケーション研究センターにて本研究に従事。現在は静岡理工科大学情報学部 准教授、高知工科大学 客員准教授、NICT協力研究員として、ストレスと学習の関係をテーマに研究を続けている。
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