認知操作を汎化する脳の驚くべき柔軟性を解明
Picower Institute for Learning and Memory, Massachusetts Institute of Technology
Postdoctoral associate
大迫優真
マウスの前頭前皮質において、刺激処理と短期記憶を担う異なる神経細胞群が、扱う情報が変わっても繰り返し動員されることを示しました。つまり、脳は情報が変わるたびに新しい神経細胞群を使うのではなく、同じ神経細胞群を再利用することで、異なる情報に対しても同じ認知操作を行っていること(汎化)がわかりました。従来の「情報表現の汎化」を超え、脳が認知操作そのものを汎化する仕組みを明らかにし、柔軟な脳情報処理の理解に貢献しました。
この世界にあふれる膨大な情報を、私たちは脳内でどのように表現し、操作しながら日々の生活を送っているのでしょうか。これまでの研究から、脳内の情報表現には、異なる状況にも共通して使える「汎化性能」があることが示されてきました。例えば、見え方が変わっても同じ物だと認識できるように、脳は個々の違いを超えた共通性を捉えて情報を表現します。しかし、脳が情報を表現するだけでなく、「刺激を処理する」「情報を一時的に保持する」といった認知操作そのものが、異なる種類の情報に対して再利用されるかどうかは、十分に分かっていませんでした。例えば私たちは日常生活の中で、物、場所、音、行動計画など、さまざまな情報を処理し、短時間保持しています。では、脳は情報の種類ごとに専用の神経回路を使うのでしょうか。それとも、同じ認知操作を担う神経細胞群を柔軟に再利用しているのでしょうか。
この問いに答えるため、私たちは、マウスが刺激処理と短期記憶という二つの認知操作を、異なる情報に対して繰り返し使う行動課題を開発しました。マウスには高音または低音を二回提示し、二つの音が同じならポートをなめ、異なればなめないように訓練しました。一回目の刺激後には音の情報を、二回目の刺激後には「なめる」「なめない」という行動の情報を短期間保持(短期記憶)する必要があります。前頭前皮質の神経活動を解析したところ、刺激処理を担う神経細胞群と、短期記憶を担う神経細胞群は異なる一方、それぞれが一回目と二回目の両方で同様に活動していました。つまり、異なるタイミングで異なる情報を処理する際にも、新たな神経細胞集団をその都度動員するのではなく、同じ神経細胞群を繰り返し動員して、同じ認知操作を実行していることが明らかになりました。特に短期記憶では、保持する内容が音から行動へと変化しても、同じ神経細胞群による共通の活動パターンが再利用され、異なる種類の情報を保持するために同じ神経回路の計算資源が繰り返し利用されていました。人工ニューラルネットワークを用いた解析でも、これらの各神経細胞群が異なる認知操作を専門的に担うことが支持されました。
本研究の重要な点は、特に前頭前皮質の神経活動が、似たような情報を共通の形式で表すという従来の「情報表現の汎化」から一歩進み、情報に対して何をするかという「認知操作の汎化」を示したことです。脳は、扱う情報の内容が変わっても、同じ操作を担う神経細胞群を再利用することで、限られた脳内の計算資源から多様で柔軟な行動を生み出していると考えられます。この知見は、脳の柔軟な情報処理の理解を深めるとともに、計算機能を再利用して新しい課題に対応できる、効率的で汎用性の高いAIの開発にもつながることが期待されます。
<掲載ジャーナル>
Reusable modular architecture enables flexible cognitive operations in the mouse brain and artificial recurrent networks.
Osako, Y., Heller, G.R., Ährlund-Richter, S, Buschman T, Sur M.
Nature Neuroscience, 2026
URL:
https://doi.org/10.1038/s41593-026-02410-0
<図の説明>
(ルール)マウスは、高音または低音を2回聞き、2つの音が同じか異なるかを判断しました。2つの音が同じ場合には、水報酬が得られるポートをなめ、異なる場合にはなめないように訓練されました。(タスク設計)それぞれの音の提示後には、1秒間の遅延期間が設けられました。1回目の遅延期間には音の情報を、2回目の遅延期間には「なめる・なめない」という行動の情報を脳内に保持する必要がありました。各点は、前頭前皮質の神経細胞を表しています。色の違いは、課題中に異なる情報処理を担う神経細胞群を示しています。本研究では特に、刺激処理と短期記憶を担う神経細胞群に着目し、異なる情報に対して同じ細胞群が再利用されるかを調べました。その結果、それぞれの神経細胞群において、二回の刺激処理と短期記憶のそれぞれに共通した活動パターンが観察されました。特に注目すべきことに、二回の短期記憶で保持する内容が異なっていても、同じような活動パターンが再利用され、異なる情報に対しても汎化されていることが明らかになりました。
<研究者の声>
本研究を通じて、人との出会いが研究を大きく発展させることを実感しました。Sur先生のご指導の下で研究を進め、SfNでのポスター発表をきっかけにBuschman先生とも共同研究を開始し、実験と計算論の両面から研究を深めることができました。この経験を通じて、研究を発信し多くの研究者と議論することの重要性を学びました。また、技術や知識を共有してくださった共著者の皆様、研究室の皆様、そして留学生活を支えてくれた家族に心より感謝申し上げます。
<経歴>
2022年、同志社大学大学院脳科学研究科博士一貫制課程修了、2022年3月からマサチューセッツ工科大学へ留学、現在に至る。
2022年4月より、日本学術振興会海外特別研究員、2024年4月より、上原記念生命科学財団海外留学生