レンチウイルス基礎情報

加藤成樹(福島県立医科大学 生体機能研究部門)

小林憲太(生理学研究所 ウイルスベクター開発室)

 

1.    はじめに

レンチウイルスは、レトロウイルス科に属するウイルスであり、ゲノムとして一本鎖RNAを持つ。ゲノムの両端には、プロモーター活性のあるlong terminal repeat (LTR)と呼ばれる特殊な塩基配列が存在しており、その間の領域に、構造タンパク、逆転写酵素、エンベロープタンパク等がコードされている。形状は、直径約100 nm程度の球状構造で、最外層は脂質二重層になっている。レンチウイルスが宿主細胞に感染する際には、まず、エンベロープタンパクと細胞膜受容体が結合し、続いて、ゲノムRNAと逆転写酵素が細胞内に侵入する。ゲノムRNAは、細胞内で逆転写酵素によって二本鎖DNAへと変換され、宿主ゲノム中に組み込まれる。

レンチウイルスは、1) 分裂・非分裂細胞のどちらにも効率良く感染する、2) ゲノムが宿主の染色体に組み込まれるため、遺伝子発現は長期間持続する、といった性質を持つことから、遺伝子導入ベクターとして汎用されている。レンチウイルスベクターは、ヒト免疫不全ウイルス (HIV-1, 2)、サル免疫不全ウイルス (SIV)、馬伝染性貧血ウイルス (EIAV)、などが由来となっているが、特に、HIV-1由来のベクターが最も一般的に研究利用されている。最近、中枢神経系において高効率な逆行性遺伝子導入が可能な新しいタイプのレンチウイルスベクター (高頻度逆行性遺伝子導入ベクター) が開発されており (1; 参考文献 1, 2)、国内外で広く研究利用されている。次の項目では、従来型のレンチウイルスベクター及び新たに開発された高頻度逆行性遺伝子導入ベクターの利用について紹介する。

 

 

2.    レンチウイルスベクターを利用した遺伝子導入

レンチウイルスベクターによる導入遺伝子の発現様式は、エンベロープ糖タンパク質に依存するため、実験の目的に応じたタイプのベクターを選択する必要がある。

ベクター注入部位への遺伝子導入

従来型のレンチウイルスベクター (水疱性口内炎ウイルスの糖タンパクを有するベクター (VSV-Gベクター)) を利用する (2)。一般的なAAVベクターと同様、注入部位に存在する細胞に遺伝子を導入出来るが、導入範囲はAAVベクターよりも狭い。しかし、局所的な遺伝子導入を目的とする場合には都合が良い。また、レンチウイルスベクターは、AAVベクターよりも大きいサイズの導入遺伝子を搭載出来ることも大きなメリットである (レンチウイルスベクター: 8kb程度、AAVベクター: 5kb程度)

逆行性の遺伝子導入

ベクター注入部位に投射する神経領域に逆行性に遺伝子を導入する場合は、高頻度逆行性遺伝子導入ベクター (FuGベクター) を利用する (2)。これらのベクターは、齧歯類や霊長類における特定神経回路の除去や機能操作などにすでに利用されている (参考文献3-5)

 レンチウイルスベクターは、微生物・病原体等におけるその安全基準がbiosafety level 2 (BSL2) に属しているため、この基準を満たす施設・設備を整える必要がある。詳しくは、WHOの実験室バイオセーフティ指針第3(WHO和訳) (http://www.who.int/csr/resources/publications/biosafety/Biosafety3_j.pdf)を参照されたい。

 

参考文献

1.    Kato S et al (2013) Rev Neurosci 24:1-8.

2.    Kobayashi K et al (2018) J Neural Transm (Vienna) 125: 67-75.

3.    Kato S et al (2011) J Neurosci 31:17169-17179.

4.    Inoue K et al (2012) PLoS One 7:e39149.

5.    Kinoshita M et al (2012) Nature 487:235-238.