サル類脳へのウイルスベクターを利用した遺伝子導入

サル類は進化的な距離がヒトに比較的近く、また身体の構造・機能もヒトに近いため、医学・生命科学の研究にきわめて重要な役割を果たしている。一方で、サルは齧歯類とは身体の構造が大きく異なり、取り扱いには専用の知識と経験が必要となる。種としての特性を理解し、健康管理等に細心の注意を払いながら実験を進めることが必要である。

１．サルの種類

近年では研究目的の実験動物として繁殖する体制も整備されてきていることから、マカク属（ニホンザル、アカゲザル、カニクイザルなど）、およびマーモセット属（コモンマーモセット）を利用した研究が多く、研究データの互換性の意味でも、これらのサル種を対象とした研究が増えてきている¹。これらの２属では種としての特性が大きく異なるため、実験目的と実験環境に応じて対象を選択する必要がある。

２．ベクター注入実験実施に関する注意点

※研究機関の動物実験や遺伝子組換え実験の承認など、必ず必要な手続きを終えた後に行うこと。また、注入実験を行う場所、飼養や行動解析を行う場所の両方がP1AまたはP2A実験室（使用するベクター種による）である必要がある。飼育・健康管理および麻酔や外科的手術等に関しては専門書を参照されたい^1-8。

1）注入部位

　サル類は脳の個体差が大きくアトラスの座標は参考程度と考えた方が無難である。注入部位の同定には、対象固体のMRI撮像による同定や電気生理学的同定が一般的である。マカク属の大脳皮質が対象の場合は脳溝なども同定に利用出来る。

2)ウイルスベクター注入

　脳内に注入するウイルスベクターとしては、アデノ随伴ウイルスベクターやレンチウイルスベクターが利用されることが多いが、実験の目的に応じて最適なウイルスベクターを選択する。基本的にはげっし類における注入と大きくは変わらない。以下に注意点をあげる

・注入にはガラスキャピラリの他、ハミルトンシリンジ（26-30G）などのマイクロシリンジそのものも利用出来る。マイクロシリンジを利用する場合は硬膜の切開は必ずしも必要でない。また、電極にカニューラを取り付けたインジェクトロードなどを使用する場合もある。

・１注入点に注入できる量は皮質で1ul程度, 皮質下では対象領域によって1-5ul程度が基本と考えられるため、対象によっては複数の注入点を必要とする。しかしながら体積比分注入点を増やすことは現実的でないため、１注入点で導入するベクター量がげっし類と比べて多くなることが多いため、ベクター注入の副次的影響に注意する必要がある。

・一部のウイルスベクター（逆行性感染型ウイルスベクターやキャプシド改変型AAVベクター）はげっし類とサル類で異なる感染特性を示すので注意が必要である^9,10。

　・感染効率が同程度の場合、目的遺伝子の発現までに必要な時間はげっし類と大きく違わないと考えられる。

参考文献

ニホンザルなどマカク属の取り扱い関しては、「ニホンザルの飼育管理及び使用に関する指針」（「ニホンザル」バイオリソース運営委員会　編　2015）など、ナショナルバイオリソースプロジェクト「ニホンザル」が提供している資料が参考になる。

1) P. H. Harvey, R. D. Martin, T. H. Life histories in comparative perspective, in Primate Societies, B. B. Smuts, D. L. Cheney, R. L. Seyfarth, R. M. Wrangham, T. T. Struhsaker, Eds. Univ. of Chicago Press, 1987

2) 「医科学研究資源としてのカニクイザル」　吉田高志、藤本浩二（編）　シュプリンガージャパン　2006

3) Guide for the Care and Use of Laboratory Animals, Institute for Laboratory Animal Research, National Concil. National Academy Press, 1996.

4) 「実験動物の管理と使用に関する指針」　鍵山直子、野村達治（監訳）　ソフトサイエンス社　1997

5) 「最新版ガイドライン　実験動物施設の建築および設備」　日本建築学会（編）　アドスリー　2007

6) 「マーモセットの飼育繁殖・実験手技・解剖組織」　谷岡功邦 （編）　アドスリー　1996

7) 「ラボラトリーアニマルの麻酔－げっし類・犬・猫・大動物－」　P. Flecknell（著）倉林護（監修）　学窓社　1998

8) 「実験動物の技術と応用　入門編・実践編」　日本実験動物協会（編）　アドスリー　2004　

9) Kato S, Inoue K, Kobayashi K, Yasoshima Y, Miyachi S, Inoue S, Hanawa H, Shimada T, Takada M, Kobayashi K. (2007) Efficient gene transfer via retrograde transport in rodent and primate brains by an HIV-based vector pseudotyped with rabies virus glycoprotein. Hum Gene Ther. 18:1141-51.

10) Matsuzaki Y, Konno A, Mochizuki R, Shinohara Y, Nitta K, Okada Y, Hirai H. Intravenous administration of the adeno-associated virus-PHP.B capsid fails to upregulate transduction efficiency in the marmoset brain. Neurosci Lett. 665:182-188.