げっ歯類脳へのウイルスベクターを利用した遺伝子導入

 

げっ歯類(マウス、ラット)は、長年の細胞・分子生物学的知見の蓄積があり、標準的な行動実験系が確立され、疾患モデルを含む遺伝子改変型を容易に作出することができるため、神経科学の実験に最も使用される哺乳類動物である。げっ歯類の脳内に遺伝子導入するウイルスベクターとしては、アデノ随伴ウイルス(AAV)やレンチウイルスが利用されることが多い。宿主動物とウイルスベクターの種類は、実験の目的に応じて組み合わせる。

 

基本形は、特異的プロモータで目的遺伝子を発現するウイルスベクターを、単純に野生型の宿主動物に感染させる実験である。2種類のウイルスベクターを同一細胞に感染させて、特定の細胞サブタイプや軸索投射路に目的遺伝子を発現させることも可能である(二重感染)。

 目的遺伝子の発現量と特異性を確保するためには、遺伝子改変動物にウイルスベクターを感染させることも有効である。例えば、Cre-loxP組み換えを利用して、特異的プロモータによりCreリコンビナーゼを発現する遺伝子改変マウスに、Cre存在下でのみ目的遺伝子を強力に発現するAAVベクターを感染させると、目的遺伝子を特異的かつ多量に発現させることができる。

 

 なお、ウイルスベクターを注入後、目的遺伝子が十分に発現するまでには1ヶ月ほど必要とする。そのため、学習などの行動実験と組み合わせる場合には、注入から観察までの最適期間を事前に決定しておくことが望ましい。

 

 

実施例

以下、遺伝子改変ラットの脳内の対象領域にAAVベクター液を圧注入し、細胞タイプに特異的に目的遺伝子を発現させる手法を解説する。(※必ず事前に研究機関の動物実験および遺伝子組換え実験の承認を得てください。)

 

〔目的〕

神経細胞に特異的なプロモータXXXのもとでCreリコンビナーゼを発現するトランスジェニック・ラット(XXX-Cre Tg rat)の脳領域に、AAVベクター(AAV-EF1α-Flex-YYY)を感染させて、Cre発現細胞に特異的に目的タンパク質YYYを発現させる。

 

〔準備〕

P1またはP2実験室内に脳定位固定装置、麻酔器などの手術機器を設置しておく。

・プーラー(Narishige, PC-10)でガラスキャピラリ(Sutter, #B100-75-10)を引き、顕鏡下で先端を適度に開口させる。

・ガラスキャピラリとテフロンチューブ(エイコム, JT-10-50)を連結し、50 µlハミルトンシリンジを使って管内を水とミネラルオイルで満たす。

・注入用の10 µlハミルトンシリンジに差し替え、事前に氷上で解凍したウイルス液を使用量+α吸引する。

・ハミルトンシリンジをシリンジポンプ(KD Scientific, Legato 100)にセットし、ガラスキャピラリ部分をマニピュレータ(Narishige, SMM-100)に取り付けておく。

 

〔手術〕

・イソフルラン吸入麻酔下(2.0-2.5%; Univentor, 400)、ラットの頭部を脳定位固定装置(Narishige,SR-10R)に固定する。※体温保持(37; BRC, BWT-100A

・リドカインゼリーを塗布後、頭部を脱毛し、皮膚を消毒後に切開し、対象領域の直上の頭骨に小孔を開ける。

・硬膜は、ガラスキャピラリの強度に応じて、切開してもしなくても良い。

・マニピュレータを脳定位固定装置に設置し、ガラスキャピラリを目標の深さまでゆっくり挿入する。

・ウイルスを注入する(1.0-1.5 µl; 0.1 µl/min)。注入後、約5分間静置する。

・ガラスキャピラリを引き上げ、脳表を生理食塩水で洗浄し、クロマイP軟膏(第一三共)を塗布する。

・皮膚を縫合し消毒する。

 

〔術後〕

・十分な水と餌を与え、鎮痛薬(メタカム注射液など)と抗生薬(ゲンタシン軟膏など)を適宜投与する。

・約3~4週間以降に目的遺伝子の発現が期待できる。

 

 

 

 

参考文献(げっ歯類)

1) 中釜斉、北田一博、城石俊彦編:「マウス・ラットなるほどQA」(羊土社;2007

2) 中釜斉、北田一博、倉本高志編:「マウス・ラット実験ノート」(羊土社;2009

3) 「実験動物の飼養及び保管並びに苦痛の軽減に関する基準の解説」(アドスリー;2017

 

 

(玉川大学脳科学研究所 野々村聡・礒村宜和)